イイワケのためのいいわけ

凪野海里

イイワケのためのいいわけ

「ちょっと和紀! あんたまた私のプリン勝手に食べたでしょ!」


 自分の部屋にいた3つ下の弟・和紀(小6)のもとへ、帰って来て早々に大声で怒鳴り散らした。


「んぁ?」


 現行犯! 和紀はプラスチック製のスプーンで、私が今日この日まで大事に取っておいたカラメルプリンを食べていた。

 怒りで目の前が真っ赤になる私に、和紀は呑気に「おかえりぃ」と出迎えてきた。


「めっちゃ美味いよ、このプリン」

「だからそれ! 私のプリンだっつーの! 何勝手に食べてんのよ!」

「でも姉ちゃん、これ今日日切れだよ」


 そう言って、和紀はプリンを掲げる。でもそんなこと――。


「ンなことわかっとるわ! だから今日のために取っておいたんだよ!」


 今日、私は期末試験だった。小学生にはわからないかもしれないけど、中学生になったら始まる定期試験は本当に過酷。だから毎日、必死に勉強してようやく最終日の今日を迎えたのだ。

 お母さんが先週買ってきたプリン。本当ならその日のうちに食べるべきだけど、もうすぐ試験だからって理由でガマンしたのだ。

 言うなれば、今日までとっておいたのは。自分なりの試験のご褒美のつもりだった。

 なのに! こいつときたら!


「まあまあ、イイワケがあるから。聞いてくれたまえよ。姉ちゃん」


 ったく、このヤロウ。何が「聞いてくれたまえ」だ。


 こいつは最近ハマった漫画のキャラクターのセリフを真似する癖がある。かっこつけやがって。

 食べ物の恨みは恐ろしいってこと、いい加減教えるべきだな。


「じゃあ、一応。その言い訳ってのを聞いておこうじゃない」


 腕組みをして、仁王立ちをする私に。和紀はフフンと笑いながら、さらにプリンをもう一口。

 まるで見せつけるように、さらにもう一口。

 そして、パクパクパク――っとあっという間に平らげてしまった。

 ……こいつ、本当に殴ってやろうか。


「ああ、美味しかった」

「かぁずぅきぃ~っ」

「で、だ。姉ちゃん。プリンなら俺、買ってあるよ」

「は?」


 思わぬ言葉に毒気を抜かれた。


「冷蔵庫。ケーキ屋の紙袋があったでしょ」

「ああ、うん。たしかにあったけど」


 帰ってすぐに冷蔵庫を開けたときに、たしかに近所にあるケーキ屋の紙袋があったのは覚えている。

 てっきり、お母さんが何かを買ったのだと思ったけど。


「そこに姉ちゃんの好きなカスタードプリン入ってるよ。俺からのプレゼント」


 は?


「それ本当?」

「弟を疑うとは、姉ちゃんもひどいなぁ」


 私は慌ててリビングにある冷蔵庫に戻った。


「ほんとだ」


 たしかに和紀の言う通り、冷蔵庫にあったケーキ屋の紙袋には私が好きなカスタードプリンが入っていた。


「って、これのどこが言い訳なのよ」


 後ろからついてきた和紀に思わず噛みつくと、彼は「だから言ったろ」と一言。


「良い理由ワケ。イイワケだって」

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