「それっていいわけ⁉」‥KAC20237‥いいわけ
神美
いいわけは、いいわけ?
「お前を呼び出した理由はわかっているな? お前は先週一週間、学校を五回も遅刻している。つまり毎日遅刻をしているわけだ。それについてお前の“言い訳”を聞かせてもらおうか」
放課後、担任の先生に生徒指導室に呼び出された。
椅子に座って対面で向き合い、先生は腕組みをして俺を鋭い目で睨んでいる。
俺の担任は生徒指導の担当で、目つきの悪い鬼コワ教師なのだ。
「い、いいわけ、ですか」
俺が尋ねると、先生は「あぁ」と低すぎるトーンで答えた。あまりに低くて短くて、聞いているこちらが萎縮してしまう。
いいわけ……いいわけ、か。
「い、一回目は登校の時、大荷物抱えたばあちゃんが歩いていて、荷物運びを手伝ったから……」
「……あぁ? なんだそのどっかドラマみたいなベタな展開は」
「だってホントにそうだったんですからっ……えぇっと、二回目は道を尋ねられて道案内したから」
先生は俺の話を聞いて、渋い表情をさらに渋くした。ベタな展開だろうけど、これは真実なのだ。
「三回目は、家で弟の世話して保育園に送ってたから……四回目は仕事が早番だった母ちゃんが弁当忘れて、それを会社に届けたから。五回目は――」
俺はそこで言葉に詰まる。五回目のは非常に口にしづらいのだが。
「い、いいわけ、でいいんですよね? じゃあ五回目は言わなくても……」
俺の不審な発言に先生が「はぁ?」と声を上げる。
「だって先生“良い訳”を話せって言ったじゃん」
「……誰が“良い訳”だけを話せと言った。良い訳だけじゃなく全てを話せという意味だ」
やっぱりダメか、ごまかせない。さすが先生。
でも五回目の理由を言ったら……先生にバレちゃうじゃないか。
だが先生は絶対に理由を吐くまではこの部屋から出さないという表情で俺を睨んでいる。
先生は絶対に甘やかすようなことはしない。
いつも俺が悪いことをすれば般若面のような顔で叱ってくれて。 良いことをしたら無表情で褒めてくれる。何かしでかしても理由を話せば絶対に信じてくれる。そんな先生なのだ。
だから俺は、先生が――。
俺が色々考えていると、先生が少しイラ立ったように「五回目は」と急かしてきた。
言わなきゃダメか……俺は観念した。
「……五回目は、先生がいなかったから」
先生は眉間に皺を寄せた表情で、わずかに目を丸くした。
「その日、先生が休みだって聞いてたから、行ったってつまんねーと思って……」
先生は少ししてから「そうか、俺が研修でいなかった日か」とつぶやく。
そして次に言った言葉は、また俺が答えづらいものだった。
「なぜ俺がいないとつまらないんだ?」
そこを聞くかぁ……俺は心の中で思い切り唸る。言っちゃいけない。 いけないけど目の前の鬼教師は言わないと許してくれない。
でも……言ってしまいたい。言っちゃいけないと思う自分と言いたい自分がいる。
そして俺は決めた。
「……俺は先生が好きなんだ」
あぁ、言っちゃった。
ほら見ろ、先生、唖然としてるよ。何バカなこと言ってんだって思われてるよ。
でも真実なんだ。俺、先生が好きなんだよ。
黙っていた先生は、ふと己の手首にある腕時計を見て「業務終了だ」とつぶやいた。
先生は立ち上がると座っている俺に近づき、さらに顔を近づけてきた。
ち、近い、先生の顔は、ヤバいです。
「遅刻をした理由わかった。最後は正当な理由ではないが、お前らしいから許してやろう」
先生の一言にホッとする。これでやっと解放されるのかと思いきや。
「そんなに俺が好きなら、俺が直々に個人授業をしてやろう。 お前が遅刻した分と、プラスアルファでお前がまだ知らないだろうことを……教えてやってもいいぞ」
俺は言葉を失った。先生、すげー近いし、なんかすげーこと言ってるし……え、え、何をする気なんですか?
心臓がものすごく速く動く。何も言えずに先生を見つめるしかできない。
「ちなみに俺は早番だったから、今はもう業務時間外だ。時間外は先生じゃないし、お前も生徒じゃない。俺の“言い訳”は以上だ」
先生の手が、俺に向かって伸びてくる。
「せ、先生がそんなこと、言って“いいわけ”⁉」
「先生じゃないから、“いいわけ”だ」
……俺もいいです、はい。
個人授業、よろしくです……!
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