言い訳しない男

水乃流

第1話

 私と同期のその男は、「言い訳をしない男」だった。


 仕事で失敗したとしても、(私も含め)ほかの同僚たちのようにグダグダ長い説明をしたり、屁理屈を捏ねまわしたりはせず、「すいません」と潔く謝ることができる男だった。

 潔い、と上司(特に昭和世代)の受けが良く、同期の中でも出世頭だった。言い訳しないのは、会社の外でも同じで、わが社こちらのミスで取引先に損害を与えてしまった時も、ひたすら「申し訳ありませんでした!」と平身低頭、徹頭徹尾、誠意を込めて謝るものだから、その勢いに負けて取引先も怒りの矛先を収める。ついでに謝りに行った先の幹部に気に入られて、取引が倍増したなんて話まである。なので、別の部署が“謝罪要員”として、彼を貸して欲しいと頼みに来るしまつ。それでいいのか? と思ったりもするが、案外それでうまく回っているので、上司も同僚も何も言わなかった。いや、むしろ「困った時には奴に任せろ」な風潮になっていたと思う。


 言い訳しないのは、プライベートでも一緒らしく。彼の奥さんは、えらい別嬪さんなのだが、潔さに惚れた彼女の方から猛アタックして結婚したらしい。同僚の男性陣はかなり羨ましがったが、それ以上に社内の女性たちも悔しがっていたのが印象的だった。


 ある日、出社してきた男が浮かない顔をしているので、話を聞いてみると、なんと奥さんと離婚するかもしれないという。驚いて問いただすと、どうやら浮気を疑われたらしい。取引先との会食で、女性と二人っきりになってしまったところを、奥さんの友人に見られたのだという。

「それは、きちんと説明すれば済む話だろう」とアドバイスしてみたが……。

しばらくして、男と奥さんとの離婚が決まった。アドバイスは無駄だったようだ。

 彼は「なぜ、こうなった?」と嘆いていたが、結局、言い訳しないということは、説明ができないということだったのかも知れない。


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言い訳しない男 水乃流 @song_of_earth

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