食欲に負けてもいいじゃないか

佐々木 凛

第1話

 いいわけ?

 違う。そうじゃない。

 俺は悪くない。本当に悪くない。

 仕方がなったんだ。


 だってそうだろう?

 誰だってあんな美人が水着一枚で闊歩している姿を見たら、その美しさに目を奪われ、襲いたくなるだろう?

 美味しく頂いてしまいたくなるだろう?

 いやむしろ、美味しく頂かないほうが失礼だ。


 そう、これは決して言い訳などではない。

 俺は、生物の本能に従ったまでだ。

 生き物にはすべからく、三大欲求というものが存在する。性欲、食欲、睡眠欲だ。

 俺はその中の一つに従っただけだ。もしそれが悪いことだというのなら、文句は俺をこんなふうに作った神様に言ってくれ。


 俺は悪くない。

 俺は正常だ。



 --などと、訳の分からない供述をしているとのことです。警察は他にも被害にあった女性がいるものとして、現場付近の住宅街で聞き込みを行う等、捜査を続ける方針です。

 続いてのニュースです。静岡県にある闇ヶ浜ビーチの海岸に、女性二人の遺体が打ち上げられているのが見つかりました。遺体の損傷具合から見て、沖合で泳いでいる際に、鮫のような、なんらかの生き物に襲われたと見られています。




 物騒な人喰い鮫のニュースが流れた翌日、俺の目の前に広がる闇ヶ浜ビーチには、人影がほとんどなかった。

 無理もない。一夏で、いや一晩の内に二人も鮫に食べられた海で泳ぎたい人間など、そうそういるものではない。

 今海岸に見えるのは、カメラ片手に鮫を誘き出そうとする、命知らずの動画投稿者たちだけだ。


 俺はデッキからリビングに戻り、再度海の方を眺めた。視野を広くしても、今日は良い獲物がいない。一昨日二人もまとめて獲ってしまったことへの報いだろうか。


 俺は冷蔵庫から、一昨日捕えた獲物から引きちぎった右腕を取り出した。美しい白い肌と傷口の赤のコントラストが、見事なまでに芸術的である。


 それにしても、鮫が血の匂いで寄ってくるというのは、本当なんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

食欲に負けてもいいじゃないか 佐々木 凛 @Rin_sasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ