芦屋楓の日常
こっち
第1話 芦屋楓は掃除が好き
皆さんは掃除をしようと思うタイミングはいつだろうか。知り合いが自分の家に来る時だろうか。それとも、裸足で部屋を歩いた時にふと足の裏を見ると汚れていた時だろうか。はたまた、ハウスダストに対するアレルギー反応で鼻がむずむずしてきた時だろうか。
これら三つは私の掃除をしようと思う機会の例なのだが、今回は違う理由だ。なあに、別に特別な理由ではない。多くの人が経験したことがあるのではないだろうか、試験前に勉強しているとふと掃除をしたくなったことが。
私、
おっと、話がおかしな方へと逸れ出した。話を戻そう。今日は6月20日。中間試験が終わってやっと遊べると思い、友達と遊んでいたのも束の間、二週間が経つと次の期末試験というものが目の前に立ち塞がる。それが今の状況。
楓は理系クラスに属している。いわゆるリケジョというやつだ。リケジョというと、赤いメガネをかけたロングヘアの美人な女性が白衣を着ているイメージだが、実際の私は授業の時だけメガネをするタイプのボブの普通の制服を着た女の子。ちなみに私のリケジョに対するイメージは前に見た科学研究所で働く女性が主人公のドラマから来ている。
私が理系なのは、数学が得意とか物理が得意とかそういうわけではなく、ただただ暗記科目が嫌いなだけ。よって、二年生になり暗記科目の代表とも言える歴史という科目がなくなったことは大変喜ばしいことであり、一年生の終わりには自室で一人歴史とのお別れダンスを踊っていたほどだ。まあ、運動不足のため三分程度で終了となったが。
こうして、暗記とはおさらばしたという安易な考えの私に今直面しているのは化学という科目。一年生の頃の化学基礎ではなんとなくで解いていた問題も2年生になるとそう簡単にはいかない。それにしても何この無機化学という範囲は。沈殿の色全て覚えないといけないのか。硫化亜鉛は白、水酸化銅は青白、酸化銀は褐色、クロム酸鉛は黄色など……。こんなの覚えてられるかと教科書を投げ捨てたい気持ちを抑え付けながら勉強机に向かう。すると、目に入ってしまったのだ。机に乱雑に並ぶ参考書とノートたちが。
綺麗にしないと。そう一度思うと、実行しなければずっと気になってしまうもの。化学の教科書を裏向けて卓上に置く。そして、目の前の参考書とノートに手をつける。どの順番で並べようか。凸凹しないように大きさが同じものを隣とするか。いや、参考書類は科目別で分けた方がいいだろう。1番使う数学はセンターに持ってきて、あまり使わない地理と国語は端に持っていこう。ノート類もまとめて端に寄せておけば、綺麗に収まる。おお、思ったより綺麗にできた。
ここで化学の勉強に戻っておけばよかった。だがしかし、楓は部屋の中を見渡してしまったのだ。コンセントの近くを見れば、今は使ってないゲーム機の充電器が挿しっぱなしであり、移動式のチェストの上には読み終えたまま放置している本が積んであり、空になったティッシュケースも潰さずにそのまま。
ここで初めの話に戻る。皆さんが掃除をしようとするタイミングはいつだろうか。楓の場合、それが今なのである。
セルフ・ハンディキャッピング。試験前に掃除をしたくなる現象はこれによるものらしい。詳しくいうと、自分の失敗を外的条件に求め、成功を内的条件に求めるために機会を増すような行動のことを言う。つまりあれだ。試験がもし上手くいかなかったとしても、まあ掃除してたから仕方ないよなと失敗の言い訳を作ることで傷つかないようにしているということだ。
現象について知っていたとしてもそれを回避する能力は楓にはなく、頭の中はどのように片付けるかでいっぱいになっていた。まず、コンセントに刺さっている使われていないコードを抜いて丸める。いまいち長いコードを丸めた後どうやって丸めた状態で止めることが分かっていない楓はとりあえずそのままコードをまとめている箱に入れる。手を離すと同時に小さい円が大きな円へとなってしまう。そこまで気にしても仕方ない。他のコードも同じように直していく。そういえば、片付けるという意味で“直す“というのは関西の方便らしい。楓は東京生まれ東京育ちだが、母親が大阪出身ということもあり、そこらの方便も使っている。ツッコミもお任せあれ。
次にチェストの上を片付けていく。移動式のチェストはベッドの横に置くことで非常に便利である。例えば目覚まし時計をおけば寝たまま手が届く範囲で操作することができる。寝る前に本を読んでいれば読み終わった後、そこにおけばわざわざベッドから出ることなく寝ることができるのだ。まあ、そのせいで本が積み上がっていくのだが、、
本は本棚に、空のティッシュ箱はビニールの部分を取り外してプラはプラ用の袋へ、紙は廃品回収の袋へと当たり前のことをしていく。やっぱり当たり前のことを当たり前にできることが大事だよね、うん、自分はできる女。
元々、楓は掃除が嫌いなわけではない。むしろ好きである。明確な目標が存在し、やはり終わった時の達成感が気持ちいい。掃除をしている時は鼻歌を歌いながら楽しく過ごしている。ちなみに今歌っているのはドリカムの決戦は金曜日。母親が車の中で聴いているのを幼いころに一緒に聴いていたことで覚えてしまった。
目に見える範囲で片づうけ終わると最後は掃除機と棚の上などの埃を拭き取れば掃除は完了。窓の外を見てみるといつの間にか夕陽が空を赤色に染めている。
ああ綺麗だなと感傷に浸っていると、目の間のうつ伏せになったままの化学の教科書が目についた。
「あ、べんきょう」
現実逃避はここまで。ここからは再び化学と向き合うことにしよう。
泣く泣く口に出しながら覚えようとする楓がいるのであった。
芦屋楓の日常 こっち @kochi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。芦屋楓の日常の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます