不思議な貸本屋 ⑦(KAC20237)

一帆

龍之介さんのいいわけ

「それは遠慮します」


 私は、龍之介さんの本のチョイスにNOを突きつけた。


 目の前で絵本を持っている龍之介さんは、不思議な貸本屋にいる超がつくくらいのイケメン。平成の時代に、紫根染めで染めた江戸紫色の着物をさらりと着こなしている(紫色の着物は今の時代には珍しい紫根染めだというのは、教えてもらった)。本当に、しびれるくらい素敵な低い声で、膝がくずれそうになる。


 とまあ、外見と声はハナマル二重丸なんだけど、龍之介さんのチョイスする本のセンスは私には合わない。(ま、今薦められたのは2冊だけだけど……)


 先日は、坂口安吾の『桜の森の満開の下』(立東舎 乙女の本棚)、今回は、京極夏彦の『えほん遠野物語 かっぱ』( 汐文社)。


 どちらも、読後がぞあぞあっと怖くなる。まあ、読んでおいて損はない物語だということはわかるんだけど。やっぱり、今、私が読みたいのは、明るく前向きな物語。東京で一人暮らしを始めて、リアルでは不安がいっぱいなんだもん。


「……、龍之介さんは、どうして、それを薦めるのですか?」


 私は、龍之介さんの手の中にある、まっかな河童の絵本をちらりと見て聞いた。


「たまたま目にはいったかっぱが出てくる本だからだ」

「ん? それだけ? じゃあ、今日返した本を薦めた理由は?」


 今度は、机の上にある鬼の少女のイラストが描かれてある本を見て聞いた。龍之介さんの視線が、その本にむく。


「片づけて出てきた。鬼と桜が出てくるから丁度よいと思った」

「それだけ?」

「ああ」


 ん?

 

 名前順すらに並んでいない山積みになっている本の山に視線を移す。龍之介さんは本の所在がわかっていると思っていたけど、違うのかもしれない。そういえば、龍之介さんって、いつも本をいじっている気がする。自分の好きなようにしているのかと思っていたけど……。そういえば、先日私が崩した本の山を積みなおすときに本の順番までは追及されなかったっけ。


「あの……、もしかして、この本の山は、無造作に積んであるだけ?」


 宝探しと言ったらいいかもしれないけど、やはり、本は本棚に順番に並べてほしい。自分でも少し口がとんがっているのがわかる。


「ああ」


 それって、だめなやつじゃん。外見と声はハナマル二重丸なのに、残念な人だったのか……。


「龍之介さんは、たまたま目についた本の中で、その場にいた人物と関連があるものを紹介しているんですか?」

「ああ」

「…………、もっときちんと本を整理した方がいいんじゃないですか?」


 ついつい口調が強くなる。


「なぜだ?」

「その方が、見栄えもいいし、どこに何があるかもわかるじゃないですか。そうすれば、行き当たりばったりの選書になりませんよ?」

「行き当たりばったりの選書? 本を選ぶのに基準がいるのか?」

「読んでみたら楽しかったからとか、共感できるとか、ドキドキするほど怖いとか……、自分が本を読んで心が揺さぶられたから、その本を薦めるんじゃありません?」


 選書に対する自分の思いをぶつける。この前もそれでバイト先でもめたっけ。選書や本に関してもっと熱く語りたい気持ちで龍之介さんを見ると、龍之介さんがすうっと無表情になる。


「…………、人間の感情は、俺にはわからない」


 龍之介さんが眉一つ動かさずに冷たく言った言葉に、私の方が動揺する。


「えっ? ………」


 気分を害したのか、「ああ」と少し怒ったような棘のある返事。

 キツネ、鬼の子、河童が出入りするような貸本屋だ。この貸本屋自体、位置情報サービスで検索もできない不思議な場所にある。龍之介さんも人間じゃないというのも不思議じゃない。


 (じゃあどうして、龍之介さんは、人間の本を取り扱う貸本屋をしているの?)


「……、龍之介さんはどうして貸本屋をしているのですか?」

「本があるからだ」

「ん? この本は龍之介さんの本なんですか?」

「ああ」

「じゃあ、龍之介さんは本が好きなんですか?」

「好きではない。人間の心を手に入れるために集めただけだ」

「心を手に入れる?」

「ああ。この辺りが、まだ葦や萩ばかりだったころ、俺は恐れるものなど何一つない龍だった。ある時、甘露のように甘いという人間の心を食べてみたくなってな……、手あたり次第、人間の身体を引き裂いてみたのだが見つからん。丸呑みしても甘さを感じん。そこに現れた山伏がな、『人の心が欲しいならば、人と同じにならねばならん』と言って、俺を騙して呪いをかけた。それでこの様だ。そして、その山伏が、『人の心は目に見えるものではないが、物語の中には溢れている。人の心がわかるようになったら、元の姿に戻れるだろう』と言ったのだ。だから、物語が書かれている本を集めだした。それが始まりだ」


「龍之介さんって………」


 私は血の気がさああっと引いていくのがわかった。立っているのもやっとだ。それを見て、龍之介さんがすうっと目を細くして口角をあげた。


「人の心を手に入れられるために、貸本屋を開いて、人間を誘い込むことにした」

「!!」

「今、恐怖で震えているお前の心はどんな味がするだろうなぁ……」

「!!!!」


 心臓の音が耳元でどきどきなっている。


 ど、ど、どうしよう――――。


 耳元でうるさくなる心臓の音が加速していく―――、と、突然、「ははは」と龍之介さんが笑い出した。さっきまでの無表情な顔つきをくしゃりと崩しして、破壊力200%の笑顔で私を見ている。


「大丈夫だ。そんなに怖がらなくても」

「!!!……」

「からかっただけだ。人の心を欲していたのは確かだが、もうずいぶん昔のことだ」

「へ?」


 私は変な声を出して、へなへなへなっとその場に座り込んでしまった。


 (もう死ぬかと思ったのに……)


 龍之介さんが、微笑みながら私に手を差し出した。さっきまでの恐怖がイケメンオーラに上書きされる。案外、私ってチョロいのかも。


「俺は片づけるのが苦手なんだ。この大量の本をどうやって並べればいいかわからず、いつも、右から左、左から右へと動かしているだけでな。そのうえ、うらやつねたが好き勝手に置くから、ますますわからん。だから、いつも探しているのだ。その時に目についたものしか薦められんのはそのせいだ。許せ」


 私は龍之介さんの手を取って立ち上がった。温かくて大きな手。今度は、龍之介さんのイケメンオーラに心臓がどきどきする。


「……、本を分類して整理すれば、きっと探す手間も減ると思います」

「そうか。だが、どうやって、分類整理すればいいのだ? そもそも、分類とはなんだ?」

「それは……、私がします!!」




(ちょー現金な奴じゃん!! 私 )


 心の中でひとり突っ込みをしていると、「そうか。頼んだ。美雪」と、とろけるような笑顔で名前を呼ばれて、私は再びへなへなへなっとその場に座り込んでしまった。





おしまい







 


 


 



 

 


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不思議な貸本屋 ⑦(KAC20237) 一帆 @kazuho21

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