そして、再びの『小さな勇気』

サイノメ

小さな勇気

 ああ、全てが無に還っていく……。

 これまでの努力、設計、思想。

 その全てが今ここに消えていく。

 あるモノは高温に炙られ炭化していき、またあるモノは高濃度の酸性溶液に溶かされ、またあるモノは機械によって粉々に。

 全て、すべて、スベテ。

 我々はなんのために、ここまでやってきたのか?

 否、ここまでやってしまったからこそ、全てをご破産に戻さないといけない。

 心の中の決意と、その為の言い訳を秘め私はその場を後にする。

 あとに残るのは夢の残滓と、物言わぬ同胞の群れだった。


「っ!」

 唐突に目が覚めたわたしオレは、身体にかけていたシーツを引き剥がしながら、上半身を起した。

 見慣れた夢だった。

 見知らぬ見知った部屋の中で起きる終末ディザスター

 それをあらゆる感情がないまぜになった状態で見守るじぶん

 幼い頃から繰り返し見続けた夢だけに、細部まで思い出せるが、その光景は擦り切れたフィルム映像の様に荒い。

 ただ、その夢を見たときの衝撃は今でも変わらない。

 一時はその夢の光景を現実で探したが、徒労に終わった。

 頭の中に残るあの部屋だけでは証拠が不十分過ぎた。

 いつしかわたしも諦め極力その夢のことを気にしないようになっていった。

 ただ、それでも同じ夢を見続ける。その理由は分からない。

 とりとめもない考えを振り払い、就寝前にベッドサイドに置いておいた固形栄養食とミネラルウォーターで朝食を済ます。

 あの混乱ディザスターが終息してから、それなりに年月が経った現在では食糧事情も改善し、以前と同じ様に戻った。

 もっとも混乱自体はわたしが生まれるより以前の出来事であり、それ以前の食について知識でしか知らないわたしにとっては、朝食はこれが定番だ。

 食事を終えたわたしは、手早く身支度を整え、部屋のふすまを開く。

 今どきふすまで部屋を仕切る家なんて珍しいが、我が家の居住スペースと店舗は相当古い。

 修繕はしてもリフォームは考えていないとは、ばあちゃんの言だ。

 わたしは1階に降りると、レジ前にはすでにばあちゃんが座っている。

 物心ついた頃からばあちゃんと二人暮らしたが、夕食や買い物に行くとき以外に店舗以外の場所にいたところを見たことがない。

 それもいつもの事。

 わたしは軽く挨拶すると、仕事用の端末を取り出し今日の予定を確認する。

 いつもの様に大量のアポで埋まったわたしの予定。

 その中に気になるモノがある。

 予定は入っているけど内容が空白。

「こんな予定いれたっけかな?」

 思わずわたしはばあちゃんに聞く。

 基本的に仕事の予定はばあちゃんに共有している。ので、なにか知っているかと思ったのと、同時に不明瞭な外出を諫めるのは上役の役目として止めてくれる事を願ってもいた。

「予定があるなら、それには理由があるんだろう。」

 ばあちゃんはわたしの願望に反して静かにそう言っただけだった。

 確かに以前から覚えのない予定が入っでいる事はあったが、それはだいたいばあちゃんの入れた予定だった。

 でも、今回は明らかに違うと思う。

 理由は簡単、ばあちゃんが入れたなら、今の質問で明確な答えを返しているからだ。

 今回みたいに不明確な返事を返すことは珍しい。

 それがわたしには猛烈に嫌な予感を感じさせた。

 とは言え、他の予定も入っているので出かけない訳には行かない。

 わたしは渋々と手掛けるのであった。


 概ね予定を済ませたわたしは、自宅兼実家兼勤め先へ戻る途中。

 結局、例の予定は変更も削除もされることなく、ただわたしの仕事時間を専有していた。

 一度ならず予定の削除を試みたが、そもそもこの予定から削除ボタンが消えており、アプリ上の操作では削除もままならなかった。

「まったく……。」と悪態をつきながら公園のベンチに座る。まもなく予定の時間だが、まだ時間がある。

 何となく周囲を見回す。公園の中央にある噴水を取り囲むようにう設置されたベンチ。

 ふと見ると向かいのベンチに座る建築業従事者と思われる男がなにやら悩み顔でいる。

 ……どこかで見たことが有るような気がするが気にし過ぎだろう。

 その男は待ち合わせをしていたのか、現れた少女としばし話した後に二人で歩いて去っていた。

 時間になったが特に変化はない。場所の指定がない以上、当然と言えば当然か。

 変化のない風景を眺めているのもバカバカしくなってきたし、もう店に帰ろう。

 わたしはうんざりした気分で立ち上がった時、携帯端末から着信のコールが鳴る。

 発信者名も相手先の番号もない。

 普通なら一方的に着信を拒否するところだったが、気が立っていたわたしは正体不明の相手に文句の一言でも言ってやろうと着信ボタンを押しながら耳へ端末をあてた。

 その瞬間、わたしの意識は遠のいた。


 気が付いたわたしはどこかのトンネルの中にいた。

 トンネルを抜けるとそこは小さな商店街だった。

 ふと見ればオレわたしはさっきまでと異なりスニーカーに短パン。フード付きのパーカーと動きやすい格好になっていた。

 服装の変化に慌てる暇もなくわたしは一人の少年を見かけた。

 相手もこちらを見ている。

 オレはあいつを知っている。

 もう少し見れば分かるかもしれない。

 オレは改めて相手を凝視する。

 そうだ、あいつの名前は……。

「九堂勇気。」

 思わず口を付いて出た名前。

「九堂勇気。」

 もう一度、小さくつぶやいてみる。

 なんでオレは知っているんだ?

 その事に考えていると眉間に皺が寄ってくるのを感じる。

 怒っているように見えるかもしれない。


「く・ど・う・ゆ・う・き!!」

 一言ごとに区切って言ったら話せるかもしれないと、試してみた。

「はい。」

 眼の前の少年が小さく答える。

 その瞬間、オレわたしの中で何かがつながった。

 ああ、そうか。

 自分の中で何かが繋がった。ここがどこで何をしていたのか分かる。


「なんだ、聞こえていたのか。」

 オレは少年に話しかける。

 別に呼んでいた訳では無いが、まあ聞こえていたならしょうがない。

「聞こえていないと思っていたの?」

 少年が答えながら近づいてきた。

 改めて見ると少年はオレより少し背が高い。

 まあ、そう言う設定なのだからしょうがないか。


 しばらく会話をしたが勇気はオレの事を知らないらしい。

 そのまま話しを進めてもいいかと思った。

はない。)

 心の何処かでオレ以外の誰かが訴えてきた。

 そうだな。勇気は覚えていない訳がない。

 記憶喪失なのかなのか。

 いずれにせよオレを認識することができれば、勇気は大事な事を思い出すだろう。

 その為には、ある場所が必要だ。

 オレが務める我が実家『回天堂』が。

 早速オレは勇気を回天堂へと誘うことにした。

 いつもと違う街であるが、オレはこの街の回天堂への道を覚えている。

 記憶に従い早足で小道を抜けていく。

 小道を抜けた先、高層ビルの合間の開けた空間にその店はあった。

『古書店 回天堂』

 そう書かれた店は、オレのよく知る実家と同じ作りだった。

 ばあちゃんがいるのか確認するため、一足先に店へと入る。

 そこには見慣れた本が並んでおり、実家と寸分たがわない。

 だけど、店のカウンターにばあちゃんは座っていなかった。

 やっぱりここは、オレの知っている回天堂ではないんだ。

 そんな事を思いつつ辺りを見回していると、店の表側で話し声が聞こえる。

 オレがそこへ向かうと勇気が話している。

 相手はばあちゃん。

 ……によく似た誰か。

 取り敢えずオレは二人の話に合わせる。

 恐らくこのこそがオレわたしをここへ連れてきた本人。

 その意図を、その言い分を、そのいいわけを聞く必要がある。


「あのー。お二人ともどこかで会ったことありますか? あるのならいつ会ったのか意地悪をせずに教えて欲しいんですけど。」

 勇気が問いかけに、

「会ったかもしれないし、ないかもしれない。」

「それを知るためにも君はもう少し自分の立場を知る必要があるよ。」

「ワタシの店はその為にあり。」

「オレはそこへ導くためにここに来た。」

 オレとばあちゃんが交互に語りかける。

 そして、オレの手元にあった一冊の本を手渡す。

 表装が半ば朽ちたその本を読む勇気の表情が次第に変わっていく。

 どこかあどけなく、弱気だったその表情は決意に満ちた表情に。

 体つきは変わらないが、その勇気は明らかに大人の風格を備えていた。

 そして、決意に満ち語りかける勇気に最後の後押しをする。

「ほら。そろそろ時間だよ九堂勇気。名前に負けない様に小さな勇気だしてみなよ。」

 オレは笑顔で親指を上げる。

 それを見て微笑んだ勇気は空間に開いた光の中へ消えていった。


「行っちゃったね。」

 オレは一抹の寂しさを感じながらつぶやく。

「それがワタシたちの役目だからね。」

 ばあちゃんがそれに返す。

 さて、茶番はここまでだ。

「で? あんたはなぜオレわたしをこのVR空間へ呼んだのか聞かせてもらえるかしら。」

 いままで自然に動いていたばあちゃんが不自然にきしんだような動きでこちらを向く。

「それは、あの男。九堂勇気に贖罪を果たさせるためにはもっとも親しい人間が必要だったからだ。」

 喋り方まで棒読みのようになっている。

 それ以前に、聞き捨てならない事を言っていたが。

「親しいって何よ? 彼とは今日はじめて会ったんですけど。」

 わたしは思わずばあちゃん(の姿をした何か)に詰め寄り、胸ぐらを掴む。

 この時、気が付いたがいつの間にかわたしの姿はいつもの姿に戻っており、相手を掴むのは簡単だった。

 首を締めるように襟袖を持ち上げるが、ばあちゃんは意に介さない様に話し続ける。

「たしかに九堂勇気の親族は全員、この世にはいない。彼らはにのみ込まれた最初の人々だからな。」

 突然あの災厄ぼんやりとした不安について話が飛ぶので何の話かわからない。

 それでも相手をにらみつける事を、やめるつもりはない。

「あの災厄は九堂勇気の研究の果てに生み出された失敗だった。ゆえに身近な親族がその犠牲となり、あの男は選んだ。」

 ばあちゃんが糸のように細い目をこちらに向ける。

 そして開いた。

 それは何かのモニターだった。

 そこに映し出されるのは、大人の姿の勇気が研究者ごと研究施設を破壊する様。

 苦渋の表情を浮かべ起爆スイッチを押した、九堂勇気の後ろで研究室が爆散する。

 予め計算されていた爆薬は確実に研究施設を吹き飛ばす。

 また同時に併設された工場でも自動製造用のロボットが暴走し、作成中のシステムを破壊していた。

 そして、そのロボットは止めようとした従業員も無慈悲に解体していく。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が映し出されるモニターに、最初わたしは何が起きているかわからなかったが、それを理解した時、目を背けるしか無かった。

「自らの使命感から実行したこととは言え、良心の呵責に耐えられなかった九堂勇気は己の記憶を封じ、VRシティーのプログラマーとして新たな人生を送っていた。」

 モニターを閉じたばあちゃんが再び話し続ける。

「それでも、記憶は蘇ってくるので、あの男はVRシティーの中へと逃げてきたのだ。」

 ようやくひと通りの説明が終わったのかばあちゃんは黙る。

 モニターが閉じていることは承知しているが、わたしは恐る恐るばあちゃんに聞く。

「最初の問いに答えてないんだけど。わたしと勇気の関係ってなによ。」

 しばし、考えるような沈黙の後再び語りだすばあちゃん。

「九堂勇気の研究の実験には少数ではあるが幼年体による人体実験が必要だった。そのために用意された子供も爆砕したはずだった。しかし、ある女性研究者が救い出した個体がいた。」

 わたしは理解する。その子供こそがわたしであり、救い出してくれたのがばあちゃん。

 なら誰が今回の件を仕組んだのか。それが分からない。

「それはお前たちの中の誰かだ。」

 唐突に別のところから声が聞こえた。

 そこにもばあちゃんが立っていた。

 恐らくこちらが本物のばあちゃん。

 本当のばあちゃんを見た、偽物は動力が切れた自動人形のように力なく倒れてきたのでわたしは手を話す。

 足元に倒れた偽物は風に溶けるように消えていった。これも実態が無いのであろう。

 わたしはばあちゃんの方を向いて、改めて問い直す。

 とはなにか。

「用意された幼児はある女性のクローン体だったんだよ。そしてワタシが助けた幼児は全員で6人。」

 幼年体呼びされた時点で、なにかあるとは思っていたのでクローンであることは驚かない。

 でも流石に同じクローンが6人もいることには驚いた。

「でもわたしは、他の5人とは会ったこと無いけど?」

 わたしは驚きを誤魔化そうと早口で質問した。

 それに対しばあちゃんはゆっくりとした口調で答える。

「実験の影響か、みんな成長速度が異なっていてね。ひとりひとりその成長に合わせてこの街の別の場所で暮らしているよ。」

 ばあちゃんの話しを要約すると、それぞれ成長速度が異なるため教育方法もことなるので、同じところで育てるわけにはいかなかったばあちゃんは、6人に別の環境を与え育てていたとの事だった。

 わたしは比較的成長が一般人と同じだったので、ばあちゃんの手元で育てられ、成長の早い個体は機械に育てられ、遅いタイプはばあちゃんの知人に預けて育てていると言う。

 そして、わたし達を育てるためにばあちゃんは回天堂を作り出した。

 回天堂はあらゆる知識を集めるために作られ、その知識をもとにわたし達を正常な成長速度に戻すことが目的だったと言う。

 しかし、ある日、ばあちゃんは集めた情報から勇気の行方を知った。

 早速接触したばあちゃんだが、勇気は記憶を失っておりそれを取り戻すために一計を案じたのだという。

 ひと通り話したばあちゃんは憑き物が落ちたような疲れた表情をしていた。

 ただそれはどこか晴れ晴れした印象も受ける。

「なるほどね。」

 わたしがおもむろに口を開いた。

「それは確かに大仕事だったと思うよ。でも、それだよね。」

 静かに、だけど断定的にわたしは言った。

「せっかくわたし達を育てるためにうまく行っていたのに、今回その為に手に入れた力をこんな風に使うなんて、想定していなかった。」

 強い口調で言葉を続ける。

「でも、何かそれをしないといけない事態が起きたんで、仕方なくばあちゃんは事を起こした。」

 そこまで言うとばあちゃんを見る。

 驚きに大きく開かれた目はわたしを凝視している。

「恐らくあの人九堂勇気ではないと解決できない何かが起きている。そこで彼の記憶を呼び起こすためのショック療法として、わたしをこのVR空間へ送り込んだってところでしょ。」

 そこまで言うとわたしは、ばあちゃんの反応を待った。

 驚いていたばあちゃんだが、今は落ち着いており、何か考えているようだった。

 しばらくの後、ばあちゃんは口を開く。

「まったく大したもんだね。正解だよ。大正解。」

 力なく笑いながら話し始めた。

「恐らく今、静かに進行している事態の対応には彼の力が必要なの。だから目を覚ませる必要があったの。」

 目を伏せ自分にも言い聞かせるように語っていたばあちゃんだが、次の瞬間目を見開くと決意に満ちた視線をわたしに向けた。

「これから先、恐らくワタシもあなたも、あなたの姉妹も厳しい事態に対応することになる。回天堂は今日これより新たな災厄ディザスターに対抗する準備を始めるわよ!」

 年を感じさせないハリのある声でばあちゃんが宣言する。

 そんなばあちゃんを見ていて、ふとわたしは伝えたい事に気がついた。

「ばあちゃん。ちょっとその前に伝えたい事があるよ。」

 改めて話しを始めるわたしにばあちゃんが少し警戒の色を見せる。

 そんなばあちゃんにわたしはニッコリと笑顔を見せてこう言った。


なんてしなくたって、わたしはついて行くからね!」

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そして、再びの『小さな勇気』 サイノメ @DICE-ROLL

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