機械人形はいいわけしない

カエデネコ

機械人形はいいわけをしない

 人類は様々な惑星に移住した。その結果、働き手が減り、機械人形アンドロイドにその代わりの役目を与えられた。


 私の家はお金持ちで、両親は小さい頃、私にぬいぐるみではなく、高価な機械人形アンドロイドを買ってくれた。


 目は硝子玉や宝石の様に無機質で、宇宙の闇の色をし、私を見ている黒目。そして黒髪の背が高い青年。


「TZ−1026号とお呼びください」


 そう言って滑らかにお辞儀し、優しく微笑んだ。白いシャツに黒いズボンの姿の機械人形アンドロイド


 もっと無表情かと思っていたのに、微かな口や目や頬などの動きがあり、人間味が溢れていることに驚く。


「そんなの言いにくいわ。……そうね、昔、地球に咲いていたっていうお花のツバキという名をあげるわ」


 ありがとうございますと流暢に言い、ニッコリ笑った。嬉しかったのかしら?そういうふうにプログラムされてるのかしら?と私は思った。


 ツバキはとても忠実に働いた。私の学校の送迎、宿題を見る、食事の給仕、明日の準備をするなど細かいところまで、完璧だった。夜遅くまで両親が帰ってこず、幼い私が一人で眠る時に寂しいといえば、眠るまで傍にいてくれた。


「ツバキは眠くないの?疲れないの?」


「もちろんです。機械人形アンドロイドですから」


「でもゆっくり休んで。心配になるもの」


「ありがとうございます。お嬢様は優しいですね」


 そう言うと、嬉しそうにツバキは笑った。眠るまで握っていてくれた手は温かかった。機械人形アンドロイドだから、そんなわけないのにと思うけど、なぜかツバキの手は温かくて、ホッとした。


「いつか私は地球に行きたいの。人が初めて生まれた場所よ。ツバキも一緒に行きましょう」


「お嬢様について行きますよ。一緒に行きます」


「私の名のアンズも地球の花にあるのよ。ツバキとアンズ……見てみたいわね」


「本当ですね。いつか見てみたいです」


 そんな話を時々、夜空を見上げてした。


 年月が経ち、私は大人になっていったが、ツバキは歳をとらず、ずっとそのままの姿だった。機械人形アンドロイドだから当たり前だと思うかもしれないけど、私にはそれが悲しいことに感じた。


 私は大人しい性格で、自分の思いをハッキリと言えない子だった。両親に反抗したことなんてない。大人になってもそれは変わらなかった。


「おまえに婚約者を選んだよ」


「お金持ちだから一生苦労しないよ」

 

 そう両親に言われる。嫌な気分だったが、私を心配してのことだろうと理解し、ハイと従順に頷く。


「お嬢様、あまり……嬉しそうではありませんね」


 ツバキがそう言ったが、私は何も言えなかった。


 婚約者は、威張っていて、横柄な男の人だった。私は結婚する時にどうしてもお願いしたいことがあったので、勇気を出して言ってみた。


「あの……結婚しても、ツバキを連れていきたいのですが、かまいませんか?」


 ツバキがお茶を運んできて一礼すると鼻を鳴らして、小馬鹿にするようにフンと笑った。


「あんなもの工場で、大量生産された物じゃないか。人間のメイドを雇ってやるから、置いておけ」


 両親もツバキと一緒に行くなんて変だと笑う。私はやはりそれ以上言えなかった。


 結婚はすぐ決まり、ウェディングドレスが部屋に置かれた。私はそのドレスを触りながら、ツバキに言った。


「もうすぐお別れね。今まで、ありがとうツバキ」

  

「いいえ。お嬢様と過ごせて良かったです。幸せでした」


 その寂しそうな顔はそうするようにと信号が送られているからなの?そう尋ねたかった言葉は飲み込む。


 ある日、婚約者は私と約束がないのにいきなり家にやってきた。


「今、仲間たちとパーティーをしているんだ!行こう。紹介してやるよ」

 

 私はイヤ!と言おうとしたが、無遠慮に腕を捕まれる。痛い。


「おやめください」


 ツバキがサッと婚約者の手を取り、私から腕を離させた。


機械人形アンドロイドのくせに指図するな!」


 ツバキの体をドンッと突き飛ばそうとしたが、ビクともせず、逆にツバキの振り払った腕に跳ね除けられて、尻もちをついた。


 それでさらに腹を立てたのか、近くにあった花瓶を取って、振り上げた。思わず私は飛び出して、ツバキを守ろうとした。


 パンッ!と花瓶が割れる音と私の悲鳴に両親が駆けつけた。花瓶はツバキの腕に当たり、私はツバキが覆いかぶさるように、庇ってくれたおかげで、水はかかったが無事だった。


「これは!?」  


「お嬢様の婚約者の方が、嫌と言うお嬢様に乱暴をされましたので、お守りしたまでです」


 両親が驚く。なにがあったか私が説明する前にツバキが冷静にあったことを話す。


「こいつが言っていることは嘘だ!先に手を出したのはこの機械人形だ!いいわけをする機械人形アンドロイドなんて、プログラムのエラーだ!」


 婚約者の男は激怒して、そう言うと、連絡機のスイッチを入れる。

 

「機械人形管理センターに連絡しておく。ここに暴走した機械人形アンドロイドがいるってな!」


「やめてください!ツバキは何も悪くないわ!」


 私がそう言って庇ったことで、余計に事態は悪くなり、男は冷たい眼差しでこちらを見て、淡々と連絡した。……機械人形管理センターは壊れたりエラーがでたりした機械人形アンドロイドを連れに来るのだ。体が震える。


「お嬢様……大丈夫ですか?」


 ツバキは反論せず、自分の身を心配すればいいのに私の顔を覗き込んで、そう言った。ツバキは機械人形管理センターの人に連れていかれてしまった。


 ツバキ!行かないで!お願いします。連れて行かないでください!ツバキは悪くないんですと何度も何度も叫ぶように懇願したが、無駄だった。


「いいわけをする機械人形アンドロイドなんて聞いたことがない」


機械人形アンドロイドは人に危害を加えたり嘘をついたりするならば、エラーが起きている。仕方ない」


 両親や婚約者がそう言った。私はツバキが連れて行かれたことで、心に穴が空いたように寂しくて毎日泣いた。婚約者とは会いたくないと部屋に鍵をかけて閉じこもった。


 私を心配した両親が、その後、詳しく婚約者の素行や行動を調べたら、なんと男は悪い仲間と付き合い、他にも女の人がいて、借金まであった。すぐに婚約は解消した。


 両親がツバキを取り戻してくれた……でも初期設定に戻され、真っ白な状態だった。


「TZ−1026号とお呼びください」


 そう最初にあった頃と同じことを、口を動かして言った。ごめんねと私は謝る。涙が溢れてくる。今まで過ごした時間は空白となり、消えてしまった。


「どうして泣いているんですか?悲しそうですが、何かありましたか?」


「あなたの名前はツバキよ。私の大切なツバキに会えた嬉しい涙なのよ」


 私は涙の理由わけをそう……いいわけした。


「初めて名をもらったのに、どこか懐かしく感じます。ありがとうございます」


 そのツバキの言葉のせいで涙はとまらなかった。

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