第4話

 あれ以来、ぼくは少なくとも男釣りをすることはやめた。彼による説教という名目の嫌がらせから、どうにも彼はぼくのことを監視しているように思えた。そもそもなぜか彼がぼくの裏垢を知っていたし、その裏垢に乗せていないことすら知っていた。第一なんだって女装しているぼくの写真しか載せていないアカウントを見てぼくだと気づけたのか、そしてまたなんだってそのアカウントにたどり着いたのか、真相は全く不明だった。けれど彼の不明な情報網の存在を知ってなお、男釣りという生き恥をさらすつもりはそうそうなかった。

 しかしぼくは女装からは抜け出せなかった。女装するための衣装や化粧品や小道具などは大量に残っていたし、そもそもぼくのような男としてはあまりにも魅力がかけている人間にとって、誰もがうらやむような美貌の女になれることの嬉しさは、何物にも代えがたいものがあった。

 控えめに言ってもぼくは可愛くなれる。そこいらにあふれている凡程度の女たちでは逆立ちしたってぼくに届くことはなく、学校一の美人と言われているような奴だってぼくを引き立てる背景にしかなれない。ぼくの美貌は現実に存在しているのが怪しいほどに隔絶したものであって、ただ女に生まれてきただけで調子に乗っている連中を片手間に絶望させる程度のものだった。

 だからあのホテルで対面した日に、ぼくは宣言したのだ。

「男釣りをすることはもうしないよ。それは約束するよ。……というか今日みたいにどっかから勝手に情報が洩れそうだし、やるつもりはないよ。でもね、もし君がぼくから女装を取り上げようとしてんだったら、そうはいかないからな」

 彼はすごい性格は悪いし、鬱陶しい。でもバレバレなところはある。

「ぼくはこれがもう生きがいなんだ。ぼくは可愛くなることにはまっているし、かわいらしさを磨くことが第一の趣味なんだ。このかわいらしさは女には到底かなえようのない程度のものだし、きみごときがこれを封じ込めようとしても無駄だ。それにね、きみはこうやって大仰な口をきいているけれど、若干たじろいでいることくらい気づいているんだよ」

 彼は本来は今以上に不愛想で不躾で意地が悪くて、今の彼の態度はいつもぼくにするようなものではない。

 この男は顔がよくてガタイがよくて、しかも大体の人には愛想を振りまいているせいで女にはモテて、男には愛されるようなふりをしている。ぼくだけに意地悪く当たってくる。

 けれど今日は若干外面の態度をとっている。これはおかしい。

「きみがたじろいでしまったからと言って、ぼくを制御したいのかもしれないが、これは自由にさせてもらうからな」

 ぼくの力では彼を押し倒すことは叶わない。けれどいつもそこいらの男どもにやっていたように、誘惑することはできる。偽装胸部を彼の身体にこすりつけ、ぼくの細腕を彼の腕に絡める。じっと彼に張り付いて、吐息を漏らす。

 彼は明らかにたじろいでいた。

「……もとからそのつもりなんだが、やっぱりお前、欲求不満なのか」

 ただそれは結局のところから周りでしかなかった。

 それどころか真剣な表情で思案される、途方もない恥辱に襲われた。

 それでもぼくは彼から女装することを許された。

 ただ彼の意地悪さをその時のぼくは見誤っていた。


「こちら、高校からの友達で……以前言ってたあの人です」

 大学の食堂に呼び出されると、そこには彼とかなりきれいな女がいた。

「こちらうちのゼミの先輩で、去年ミスコンを取った人だ」

 よくわからないままに目の前にやってきたその人の顔を見つめる。なぜこの人と顔を合わせているのかわからないけれど、こんな程度でもミスコンが取れるのかと思った。正直ぼくのがよっぽど可愛らしいしきれいになれる。化粧だってへたくそだ。

「よろしくね鈴鹿君。あなたがすごい女装をしているというのはこの子から聞いていたし、すっごい調子に乗っているってことも聞いていて、会うのがすごい楽しみだったんだ。でもあなたを見ていると、所詮女装は女装なんだなって思っちゃうよ」

 にこやかに笑うその人。いやらしい笑みを浮かべる彼。

 はめられたと、気づいた。

 どうしてぼくの周りには性格の悪い人しかいないのだろうかと天を恨んだ。

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