彼女の忘れ物[KAC2023:いいわけ]
神崎あきら
彼女の忘れ物
夜11時をまわっていた。見回りの制服警官、内田と本倉は若い男を職務質問で呼び止めた。自転車に乗る男がこちらを横目で見たとたん、ペダルを漕ぐ足を速めた気がしたからだ。先輩の本倉の直感だった。
男は大人しく自転車を停め、向き直る。
「防犯警戒です」
いわゆる職務質問に掴まった、と男は気付いたのだろう。唇を引き結んで緊張している。
「バッグの中を見せてもらえますか」
内田の依頼に男は自転車のかごに乗せたバッグを開けてみせる。中には衣類が詰まっていた。
「コインランドリーで洗濯をして帰るところですよ」
男は愛想笑いを向ける。本倉は男の表情の変化を凝視している。内田は男にバッグの中身を出すよう促す。男が衣類を持ち上げる。
Tシャツにタオル、スゥエットパンツ。何か違和感がある。
下着が無いのだ。下着を洗濯しないことなどあるだろうか。
「広げてもらえますか」
男はしぶしぶ衣類を広げてみせる。
「これは」
内田と本倉は顔を見合わせた。女性もののレースの下着が出てきたのだ。折しも近隣で下着泥棒が報告されていた。
「これはですね、彼女の忘れ物です」
男が慌てて説明する。
「下着だけ忘れるなんておかしいだろう」
本倉の指摘に男は押し黙る。
「実は、女性下着を身につける趣味があるんです」
ほら、と男はTシャツを捲ってみせた。胸にはブラジャーを装着している。ついでに、とジャージのズボンを下ろすとレースつきの女性用下着を履いていた。
「最近は男性用ブラジャーなんてのもありますね」
内田と本倉は妙に納得する。男は内心ほくそ笑んだ。これは下着ドロの戦利品だ。若い女性の身につけた下着を装着するのが趣味なのだ。
「最近出た被害届も男性からでしたね、ちょうどそういう紫のレースの」
内田の言葉に男は顔を歪めて青ざめる。
「どうしました」
「いえ、気分がちょっと」
「同行願えますか」
内田の言葉に、男はがっくりと項垂れた。
彼女の忘れ物[KAC2023:いいわけ] 神崎あきら @akatuki_kz
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