尊い言い訳
八万
第1話 某スーパーマーケットにて
その姿は、どこにでもいる若い主婦が夕飯の買い出しに来ているようにしか見えない。
今日は土曜の昼過ぎで客の入りはそれなりといったところ。
彼女は惣菜コーナーで菜の花のからしゴマ和えを手に取って悩んでいる振りをしながら、左右をキョロキョロと目だけ動かしていた。
すると彼女は何かに気付いたのかサッと顔を伏せると惣菜を慌てて置いた。
(やはり、また来たわねっ! 今日こそはしっぽを掴んでギャフンて云わせてやるんだからっ! ふっふっふ……)
彼女は
彼女が棚の陰からチラ見を繰り返すのは若い男。亜花里とそれ程年齢は変わらないかもしれない。男は意外と背が高く、容姿はなかなかの爽やかイケメンで白いパーカーをサラッと着流している。が、寝起きらしく、ちょこんと寝癖が横に飛び出しているのは御愛敬か。人は見かけに寄らないものだ。
(さあさあ、やりなさい、いくらでも
男は惣菜コーナーにやってくると先程亜花里が手に取っていた菜の花のからしゴマ和えを手に取ると迷うことなく買い物カゴへ入れる。
(ふーん、菜の花のからしゴマ和えが好きなのかしら……て私と一緒じゃない!)
彼女は自分と男の意外な共通点を見てしまいちょっと毒気を抜かれてしまう。
(だめよ、亜花里、騙されてはだめ! イケメンでも犯罪は犯罪! きっちり反省して貰わないと!)
彼女は自分の手の甲をギューと摘まんで気合を入れ直した。
次に男が向かったのはスイーツコーナー。男はロールケーキを手に取るとちょっとためらう素振りも見せたが、それもカゴに入れる。
(えっ!? イケメンがロールケーキを頬張るの!? ……何て
彼女は彼がロールケーキを頬張り、モグモグしているところを妄想して息遣いが荒くなり、顔の火照りが抑えられなくなっていた。
彼女の無造作にまとめられたお団子ヘアーからは湯気が立ち上る寸前だ。
バックヤードでは小柄な女性がパイプ椅子にちょこんと座り、肩をすぼめながら小さくなっていた。その場にはもう一人の男性が腕組みをしながら立っている。
「……それで君は、そのイケメンをみすみす見逃したと?」
「でも店長! 彼は私の大好きな菜の花のからしゴマ和えと尊いロールケーキを……」
ブラウンの髪を後ろに撫でつけたダンディな店長は彼女のいいわけに呆れていた。
「それはさっき聞きました! もうちょっとまともな言い訳ないのかい?」
「はぁ……彼また来ないかな……」
亜花里がうわの空で
「……君クビ」
「あぁ尊いわ……って、て、てんちょーーー、そ、それだけはーーーっっっ」
現実に戻り、慌てた彼女はイケオジ店長の足元に必死にすがり付いて、号泣しながら許しを請い何とかクビにならずに済んだ。
そんな亜花里は、年齢イコール彼氏いない歴のこじらせ万引きGメンであった。
完
尊い言い訳 八万 @itou999
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