沈黙の通学路
秋田健次郎
沈黙の通学路
朝食を食べ終えて今から制服を着ようかというタイミングで家のインターホンが鳴る。時計の針は8時を指している。
いいかげんにしてくれよ、とは口には出さない。
家から中学までは徒歩で数分ほどで、朝礼は8時半からだ。つまり、今家を出たところでがらんとした教室で適当に時間を潰すしかない。それなら、ぎりぎりまで家でゆっくりとしたいが、そうもいかない。玄関前に立つ彼の存在が僕を急かす。
「ごめん、ちょっと待って」
「オッケー」
インターホン越しの彼はのんきにそう答える。
彼とは友達と言えるほど仲が良いとは思えない。クラスの余りもの同士でなんとなくつるんでこそいるが、その実相手の方から一方的に絡まれているだけで僕は別に一人でも何も問題はない。
しかし、世間一般では独りぼっちは恥ずべきことらしく、したがって彼は消去法的に僕を選んだのだ。
急いで制服に着替えると、無駄にごつい学校指定のカバンを持ち上げて肩にかける。見た目の割に容量が少なく学生たちにはもっぱら不評である。
玄関を開けると、いつも通りボケっとした顔で彼は立っていた。肌は浅黒く乾燥している。髪ははねたままで、制服は一回り大きく見える。
「ごめん。お待たせ」
思ってもいない謝罪を済ませると、二人して歩き出した。
……
通学途中特に会話はない。これはおそらく一人で登校していると思われたくない彼の策略であって、形式的なものでしかないのだろう。僕自身も別にこの沈黙を苦には思っていなかった。
彼とは不幸にも同じクラスであるため、二人して静かな教室に踏み入れる。先客は女子生徒が一人だけ。文庫本を読んでいる。
一緒に登校してきたのに会話もしない僕たちを不審がることもなく読書に熱中している様子だ。
僕も、彼女と同じく本を取り出して読み始める。
ちらと彼の方を横目で見てみると、朝の小テストの勉強をしているようだった。点数が良かろうが悪かろうが成績には関係がないらしいので僕は特に勉強していない。
*
さて、今日も何事もなく一日が終わった。
終わりの会が終了し、各々が席を立つ。バックに教科書を詰めていると、彼が話しかけてきた。
「一緒に帰ろうぜ」
いつもの定型文だ。一字一句同じ言葉を毎日かけてくる。自動音声を流しているのではないかと疑いたくなるほどだ。
帰り道も当然、一言も話さない。黙々と帰路を進む。
すると、途中で彼が駆けていき、少し前を歩く集団に合流した。どうやら彼も他のクラスには友達がいるらしい。この関係が始まり1カ月ほどだが初めて知った。
僕は、その様子を見ると、途端にばかばかしくなり、彼のいる集団を追い越して先に帰宅した。
*
翌日、いつも通り彼がインターホンを鳴らす。僕が玄関を出ると、早々に
「どうして、昨日先に帰ったのさ?」
と呑気な様子で唇を動かした。
勘弁してくれ、とはもちろん口に出さない。顔には少し出ていたかも。
「ああ、ええと」
無難な言い訳を探していると彼の顔が近づいてくる。ほんのりと歯磨き粉の匂いがする。
「ちょっと、お腹痛くてさ……」
気付くとそんな小学生のような言い訳を口にしていた。
「ああ、なんだ。だったら言ってくれれば良かったのに」
それでも、彼は心底納得した様子だった。
コンクリートの亀裂から伸びる細長い雑草を視界の端に捉えながら、僕は愛想笑いをした。
沈黙の通学路 秋田健次郎 @akitakenzirou
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