やさしい言い訳【KAC20237】

pico

やさしい言い訳




 私の恋人セトくんは、イケメンで優しくて、ちょっと変わっている。


「2週間も連絡つかないってどういうこと? 言い訳があるなら聞きますけどっ」

「えーっと……野原で金属探知してた」

「何それぇ??」


 セトくんは時々、ふっと姿を消す。

 心配して連絡をしても何の反応もなく、そして何事もなかったかのように「ただいまー」と帰ってくる。


 私が理由を尋ねると、毎回妙な言い訳で取り繕う。

 大海原を泳いでいたとか、雪山登山をしてたとか、理科の実験に協力してたとか。

 毎度毎度よく思いつくなと思うほど、豊富な言い訳のオンパレードだった。


「……普通に心配になるから。できれば、居なくなる前に教えてよ」

「努力するよ。ごめんね、ノア」


 セトくんは申し訳なさそうな表情で私の頬を撫で、キスをした。

 キスひとつで許してしまうのだから、私は心底セトくんに甘いなぁと思う。




 セトくんとの出会いは、3年前。

 大学入学後まもなく私は、婦人科系の病気が発覚し子供が産めない身体だとわかった。塞ぎこみ、大学でも一人きりで過ごしていた。

 その時たまたま同じ授業に出ていたセトくんから、「死んでしまいそうな顔をしてるけど、大丈夫?」と声をかけられたのだ。


 見ず知らずの同級生に心配され、嬉しいやら情けないやらで泣き出してしまった私を、セトくんは嫌な顔ひとつせず慰めてくれた。

 心配だからと家まで送ってくれて、それから毎日一緒に通学するようになった。

 彼の優しさに支えられ、私は徐々に明るさを取り戻していった。そして自然な流れで、付き合いが始まったのだ。




 たびたび姿を消してしまう彼氏について、友人たちは口を揃えて「別れた方がいい」と言う。

 確かにセトくんのことは3年間付き合ってもよくわからないし、何か危ない仕事をしてるんじゃないかと疑ったこともある。


「来週また、四週間くらいいなくなるかもしれない」

「またぁ~? 今度の言い訳はなに?」

「えーっと……空気の薄いところで身体を鍛える」

「なにそれ!?」


 変な言い訳ばかりで呆れるけど、それでも私はセトくんのことが好きだった。


「大丈夫。最後にはちゃんとノアのところに帰ってくるから」

「もう……信じてるからね?」

「うん。信じていいよ」


 セトくんは私が納得するまで向き合ってくれるし、いつだって私が欲しい言葉をかけてくれる。

 それに、セトくんから向けられる愛情に決して嘘はないとなぜか確信できてしまうのだ。




 それから半年がたち、大学卒業を間近に控えた頃。


「また行かなきゃならない。今度はもう帰ってこられないと思う。

 だから僕たちは、今日でさよならだ」


 あまりにも唐突に別れを告げられ、私は混乱した。


「ま……待つよ、私。何年でも待つから、別れたくない」

「帰れるかどうか約束できないのに、待ってもらうわけにはいかない。ノアはノアで幸せになって」


 突き放されたような気になって、私はボロボロと涙を零した。

 つらくて、苦しくて、私は床に伏せて泣いた。セトくんは跪き、私の頭を撫でる。


「折角なら、最後までちゃんと言い訳してよ!!

 ただ会えないって……帰ってこれないって言われたってそんなの、納得いくわけないじゃない……!!」


 セトくんは困ったように首を傾げ、唇を突き出した。


「……なにを言っても、信じてくれる?」


 そして真っ直ぐな眼差しを、私に向けた。

 いつになく真剣なセトくんの表情に困惑しながらも、私は頷く。


「……実は僕はアンドロイドなんだ。

 実証実験のために、四年間大学に通い学生たちと交流を図ってきた。

 実験のデータは十分に得られたらしい。もうすぐ使用期限が来るから、僕の本体は廃棄されることになる」


 いつにも増して具体的でトンチンカンな言い訳に、私は唖然とした。

 しかしセトくんは、続ける。


「僕は本当は、ノアと別れたくない。でも、僕の力じゃどうにもならない」


 セトくんは私の手を両手で強く握った。セトくんの目には、涙が浮かんでいた。


 有り得ない話なのに、なぜかセトくんが嘘をついているとは思えなかった。

 みるみるうちに涙が溢れ、私は嗚咽混じりに答える。


「……アンドロイドでも、いいよっ……!! 

 なんでもいいから、ちゃんとまた帰ってきて……!!」


 私の言葉にセトくんは、ふぅっとひとつ息を吐いた。

 そしてごそごそと自分のシャツの中に手を入れたかと思うと、小さなメモリーカードのようなものを取り出した。


「これが僕のプログラムコードだ。

 いずれアンドロイドは一般化し、ノアがアンドロイドを手に入れる日が来るかもしれない。

 そしたらこれを、読み込ませてみて」


 なんだか訳がわからないまま、私はそのメモリーカードを受け取った。

 メモリーカードを握る私の手に、セトくんが掌を重ねる。


「大丈夫。僕はここに居る。必ずまた会えるよ。信じてくれる?」


 セトくんのその言い訳に、私は頷くことしかできなかった。

 その日のうちにセトくんは、街を出て行った。





 それから数年後、とある企業が人型AIロボットの商品化を発表した。

 いわゆる自律型アンドロイドであり、人間と同じように会話や食事ができ、人との関わりにより感受性も成長するという。

 発売当初は災害現場での救助活動に導入され、徐々に高齢者の介護や子供の遊び相手など、導入の幅が拡がっていった。


 その裏で、企業が政府との間で秘密裏に行っていた実証実験が問題となった。

 『アンドロイドの感受性の発達が危険任務の遂行にもたらす影響』というレポートが流出したのだ。


 人間と同じように日常生活を送り情緒の発達を促しながら、並行して戦闘地での地雷除去や雪山・海上などの危険地域での救助訓練を行うことで、アンドロイドのもつ人工知能にどのような影響があるかを調べる実験だった。


 私は、セトくんが今まで語った数々の言い訳を思い返し、心が痛くなった。

 セトくんは私が心配しないよう、けれど嘘にならないように言葉を選びながら、優しい言い訳をし続けてくれたのだとようやく気付いたのだ。





 アンドロイドの発表から十年後。

 とうとう私は、一体のアンドロイドを手に入れた。

 大切に保管してきたメモリーカードを、アンドロイドに読み込ませる。

 アンドロイドは、静かに瞼を開いた。


「ただいま」


 セトくんとは顔つきも背格好も声も違うけれど、間違いなくセトくんだった。

 溢れる涙を堪えきれず、声にならない声でなんとか「おかえり」と絞り出した。


「もう二度と、ノアから離れないよ」


 その言葉の通り、セトくんはそれから片時も離れることなく私のそばに居続けてくれた。

 優しくて悲しい言い訳をする必要も、なくなるくらいに。





 それから数十年の時がたち、私はセトくんを開発した企業の実験に参加した。

 実在する人間の感情や記憶を忠実に再現したアンドロイドの開発に協力するためだ。


 さらに数十年の時が経った。

 高齢となり、私はもう自由に歩くこともできなくなった。

 セトくんはメンテナンスを繰り返し、時々本体を入れ替えながらメモリーカードを引き継いだ。そして変わらぬ優しさを、私に向け続けてくれた。


 一年もたたぬうちに、私の命の灯火は消えてしまった。

 私は最期にセトくんに、一枚のメモリーカードを託した。

 セトくんの好きなように扱っていいと伝えたが、セトくんは直ぐに一体のアンドロイドを調達し、メモリーカードを差し込んだ。






 出逢ってから、百年が過ぎた。

 私の死後、私の記憶と感情を引き継いだメモリーカードは新たなアンドロイドとしてセトくんと共にある。

 互いにメンテナンスを繰り返しながら、私とセトくんは永遠の時を生き続けている。


「『地雷除去してる』ってのをどう言い訳したらいいか、すごく悩んだんだ」

「セトくん、なんて言ったっけ。『野原で金属探知してた』だっけ?」

「そうそう」

「『空気の薄いところで身体鍛えてた』ってのは?」

「宇宙での実験に参加してたんだ」

「え~~~っ?!?! 確かに空気薄い……っていうか、真空じゃん!!」

「あははっ!

 しかしノアもよくあんな言い訳を信じてくれたよね」

「信じてはなかったけど、信じてた!」

「えー、何それ?」


 今となっては、あの無茶な言い訳の数々も笑い話となっている。

 記憶を辿り、新たな思い出を作りながら、私たちの心はきっと永遠に生き続けるのだ。




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