まだ見つからない

於田縫紀

まだ見つからない

 別に不満があった訳じゃない。

 ちょっとした暇つぶし、そして知的好奇心が抑えられなかっただけなんだ。


 ◇◇◇


 最近は何処だって人手不足で、かつリモートワーク流行り。

 此処国立微生物学研究所もそうだ。

 今日び大抵の研究者は研究だろうと家からリモートで行っている。

 会議だって相談だって研究所内にある機器の操作だって全部リモートだ。


 ただ現場に誰もいないと問題になる。

 いや、本当は何も問題はない。

 ただ大昔からの慣習とか改正が遅れている法律とかのせいで、こういった施設には必ず1名常駐する事になっているだけだ。


 我が国立研究所ではこの常駐員、各チームから1ヶ月交代で出す事になっている。

 そして今月は僕が属する研究チームの番で、お役が僕に振ってきた。

 一番下っ端だからまあ仕方ない。


 常駐員の業務は居る事、ただそれだけだ。

 問い合わせ対応等は基本的にAIがやる。

 個別の問い合わせならAIが担当者にリモートで連絡する。

 研究装置や施設の維持管理も自動。


 つまり常駐員がするべき事は何も無い。

 だから本当はいつも通り自分のチームの研究をリモートでやっていたい所だ。


 しかし常駐員は職務に専念する事と規定されている。

 だからこの期間はリモートであってもいつもの研究に参加する事は出来ない。


 そんな訳で僕は猛烈に暇だった。

 だからつい、思いついてしまったのだ。

 ある暇つぶし作業というか、この研究施設らしい遊びを。


 RTAという略語をご存じだろうか。

 旧世紀、主にゲーム関連で使われていた言葉だ。

 RTAとはリアルタイムアタック(Real Time Attack)の略。

 簡単に言えばゲームスタートからクリアまでの時間の短さを競うという遊び方である。


 僕はそれを此処で、細菌を使ってやってみようと思った。

 地球上全域にどれだけ早く拡散出来るかへの挑戦。

 つまり僕と言うより細菌による地球上へのRTAだ。


 勿論実害があってはまずい。

 だから広範囲の対象に感染してもいいけれど、害は生じないようにする。

 拡散判定は世界中に設置された無人空気採取・分析器を用いればいい。

 此処の研究院ならリモートで採取した空気の精密分析をする事が可能だから。


 そんな訳で1日の朝、常駐員を引き継いだ後。

 僕は常駐員室の端末から直接操作で細菌の遺伝子をガシガシと操作する。

 より短時間で分裂し、何処でも繁殖し、より拡散性に富むよう軽量小型化にしつつも滞空性能が優れた形状にして、更に日光に含まれる紫外線や乾燥等で死なないように……


 既によく知られている機能と遺伝子配列をベースに組み立てて行く作業。

 やりはじめるとこれがなかなか面白い。

 普段の研究よりよっぽど楽しいくらいだ。

 

 何せ普段の研究は、

  ① 目的の機能を持たせるため遺伝子の未知の部分をほんの少しだけ操作して。

  ② そのたびに検査して確認して変化を記録し

  ③ すぐに上手く行かない事に時にいらいらしつつも

  ④ 地味にちまちま研究をすすめていく

という感じ。


 今回のように既知の知識で思う存分一気に変化させるのとはまるで違う。

 その楽しさのせいで、つい僕は3日間徹夜してしまった。

 でもおかげで目的の細菌、通称RTA菌は無事完成。


 僕の常駐員勤務が終わる前に地上RTAは成功するだろうか。

 そう思いつつ本来は高高度空気採取用のラジオゾンテでジェット気流に乗るように高空散布した後。

 徹夜でくたばった脳味噌が限界になったので仮眠室ベッドに突っ伏したのだった。


 ◇◇◇


 ジェット気流はおよそ10日で地球を1周する。

 だからRTA菌も北半球だけなら10日で一周するだろう。

 地球全体と考えればハドレー循環とフェレル循環を考えてもう少しプラスといったところか。

 

 でもどうせ暇なのだ。

 ならRTA菌を改良してみよう。

 より拡散しやすくするにはどうすれば……


 最初に三徹した以外はほぼ毎日、十時間以上は寝る事にした。

 起きている間はほぼRTA菌の改良に費やした。


 僕は本や漫画はあまり読まない。

 無駄にWebブラウジングなんてするような趣味も無い。

 そして予想通り常駐員がやるべき仕事も取るべき連絡もない。


 それにRTAを作った菌の改良作業方法、なかなか面白い。

 だからついでにRTA終了後に証拠隠滅できるような、対RTA菌なんてものまで設計して、そして……


 そんな感じで過ごす事十八日目。

 そう言えばニュースも、自分の研究チームの様子も確認していないなと気付いた。

 RTA菌作業に熱中するあまり、他の事に意識がいかなかったのだ。


 まずは自分の研究チームの公式ホームページを見てみる。

 最終更新日は今から一週間前。

 誰だ更新をさぼっているのは、そう思ってページを閉じる。


 次に見たのはニュースサイト。

 しかし此処でふと違和感を覚えた。

 いつもよりニュースが少ない気がしたのだ。


 何となく不安に駆られてニュースの見出しをスクロールする。


『アメリカ西海岸への連絡途絶、何が起こっているのか?』

『北米地域からの連絡とれず』

『西欧の半数地域が連絡とれず。何が起こっているのか』


 そういったニュースは北米からヨーロッパ、そしてアジア方面へと広がっていって……


 嫌な予感がした。

 検索エンジンで最新、もしくは最終の記事を探す。

 AIが書いているのではない、人間が書いた記事を。


 三日前、ニュージーランドのオークランドで書かれたブログが最後だった。

 僕は自動翻訳にかけてブログの文面を読む。


『……何が起きているかは不明だ。西から東、北から南へ連絡途絶地域が広がっている。オーストラリアも既に連絡途絶。残っているのは此処ニュージーランドとチリ・アルゼンチンの一部くらいらしい。


 第三次世界大戦や核戦争という噂があるがおそらく違う。それならニュースがもっと入っているだろう。

 連絡途絶になる直前に急病人多数という情報が流れたという噂がある。SNS等にも気分が悪くなった等の書き込みが最後の事が多い模様だ。

 ならこれは全世界的に広がった疾病なのだろうか。そう言えば少し気分ががが』


 まさかあのRTA菌が。

 しかしあの菌、人畜無害に作った筈だ。

 なら何なのだろうと思った時、無人空気採取・分析器の事を思い出した。


 早速幾つかの地域で採取の上、空気中に存在する化学物質・細菌その他による人体に対してのシミュレーションを実行してみる。


 結果は簡単かつ圧倒的だった。

 どの場所にも同じ病原菌がいたのだ。

 人間に分のオーダーで感染し、感染後数分で意識混濁して死亡するとんでもない病原菌が。


 すぐに構造を調べてみる。

 僕が作ったRTA菌と非常によく似た菌だった。

 違うのはごく一部の遺伝子情報だけ。


 どうやら僕が作ったRTA菌は何処かで変異してしまったらしい。

 とんでもない速度で感染し、人を死亡させる高速殺人菌へと。


 とりあえず大急ぎで対RTA菌を散布する。

 今回の高速殺人菌とRTA菌は一部構造が違うだけ。

 だから対RTA菌は高速殺人菌にも作用出来る筈だ。


 おそらく一ヶ月もあればRTA菌も高速殺人菌も死滅するだろう。

 対RTA菌の作用で。


 そうすればもう地球も今までと同じ筈だ。

 いや、人間以外の動物にも影響は出ているかもしれない。

 それでも生存は可能な筈だ。


 僕がいるこの常駐員室は国立微生物学研究所の中にある。

 万が一に備えて陽圧構造になっていて、完全殺菌された安全な空気が供給されている。

 食料も完全殺菌済みのものが自動提供される仕組みだ。

 だから中にこもっている限りは問題無い。


 きっと僕以外にも似たような環境にいる人はいる筈だ。

 まだ生き残っていて、かつ高速殺人菌が死滅した後まで生き残れる人が。

 それに南極等の極地で観測・研究している人だっているかもしれない。

 最近は何処でもリモートだったりするけれど……


 ◇◇◇


 あれから一年が過ぎた。


 こんなことになってしまったけれど、そうするつもりは全く無かったんだ。

 別に人類を全滅させようだなんて思ってはいなかったんだ。

 本当なんだ、信じてくれ!


 そんな僕の言い訳を聞いてくれる人は、未だ発見できない。


(EOF)

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