偽善者から自分を守る会会長・由木広希

日和崎よしな(令和の凡夫)

偽善者から自分を守る会会長・由木広希

 私は由木ゆき広希ひろき。偽善者から自分を守る会会長をしている。

 偽善者から自分を守る会の主たる活動内容は、偽善者を懲らしめる様子を撮影した動画を各種動画投稿サイトにアップロードすること。それに付随して動画撮影や編集もしている。

 なお、会長といってもほかに会員はいないので、すべて私一人でおこなっている。


 これから投稿する動画に収めている人物は、典型的な偽善者だった。

 私は動画の最終チェックをしながら、昨日の出来事を思い返す。


    ***


 私はいつもどおり、トレードマークの黄色いネクタイを締めたスーツ姿で活動していた。

 場所はスーパーマーケット。目的は見回り。

 まあ、秘密裏に動く自警団のようなものだ。

 職務として訪れたので、店では何も買っていない。

 ちなみに試食品はつまんだが、それはスーパーの店員が誇張宣伝をしていないか確認するためだ。あくまで、ね。


 それで、問題の出来事が起こったのは、私がスーパーマーケットを出たときだった。


 自動扉を抜けて外の空気を吸った直後、わたしは女性に声をかけられた。

 背が低く、肥満気味で、顔にはシワやシミが浮かんでいる中年女性。

 いわゆる、おばさん。

 色褪せたヒョウ柄のヨレヨレシャツに、緑色のチノパン姿。

 まさに、おばさん。


「ねえ、そこのあなた。ゴミが落ちているわよ」


「はい? 何ですか?」


 私は声をかけられた瞬間、スマートフォンを取り出して録画モードを起動する。

 まだ状況は飲み込めていないが、どんな出来事も状況を把握してからでは遅い。一部始終を記録に残しておく必要がある。


 私の行動におばさんはいぶかしげに眉をひそめつつも、私の足元を指差して言う。


「だから、あなたの足元よ。ゴミが落ちているでしょう?」


 視線とカメラを足元に向けると、たしかに潰れたジュースの紙パックが落ちていた。


「ええ、そのようですね。それが何か?」


 視線とカメラを戻した私の返答に、おばさんは「驚いた」と言わんばかりに目をむく。


「『それが何か?』じゃないわよ! ゴミが落ちていることに気づいたら拾いなさいよ!」


 出た! これはゴミ拾い警察だ!


 警察といっても公務員の警察官ではなく、自分が気にしているルールやマナーに違反している者を見つけたときに口うるさく注意する一般市民のことである。


「おや? おやおやおや!? このゴミの存在に先に気づいたのはあなたですよね? だったらあなたが拾うべきではないですか?」


 おばさんはもうこれ以上は目をむけないので、今度はパッカリと口を開けてみせた。

 私はそんなおばさんにカメラを向け続ける。


「そのゴミはあなたの足元にあるのよ! あなたが拾うべきでしょ!? ゴミを見て見ぬふりして罪悪感はないの? いいわけしてないで、さっさと拾いなさいよ!」


 いいわけ? このおばさんには私の言葉がいいわけに聞こえるのか?

 ゴミを拾いたくないからゴネているとでも?

 とんでもない言いがかりだ。


 はい、偽善者から自分を守る会会長、動きます!


「あなた、私にゴミを拾うように言った目的は何ですか? 街を綺麗に保つためですよね?」


「あたりまえじゃない!」


 憤慨するおばさん。

 文句を言い慣れている様子からして、きっと普段から厄介なしゅうとめムーヴをしているに違いない。


 私は会の名前を「偽善者から自分を守る会」としているが、その目的は私自身を守ることではない。私のように偽善者の犠牲になる者を減らすことなのだ。


 偽善者め、成敗してくれる!


 私は声を大にしてまくし立てる。


「そうですよね? 街を綺麗に保つためですよね? だったら誰が拾っても同じじゃないですか。むしろその意識が高いあなたが率先して拾うべきでは? それなのに、あなたは何が何でも私にゴミを拾わせたい様子。それはつまり、あなたの目的は街の美化ではなく、他人を攻撃したいという衝動の発散ということです」


「な、なにを言っているの……?」


 私が声を張り上げたので、おばさんはキョロキョロと周囲を見回してうろたえている。

 通りがかった買い物客は足こそ止めないが、視線をこちらへと向けている。


 私はなおも続ける。


「卑劣! あまりにも卑劣! 正義を振りかざし、他人を攻撃する。大義名分を掲げることで罪悪感を消し、思う存分に他人を傷つけ、悦に入る。ああ、さぞかし気持ちいいでしょうねえ!」


「なにをバカな! もういい!」


 そう言っておばさんはツカツカとスーパーの中へ入っていこうとする。

 しかし私はおばさんの正面に回り込み、スマートフォンをしっかり構える。


「逃げないでください。逃がしませんよ! あなた、結局ゴミを拾わないんですか? やっぱり街の美化には微塵も興味なかったんですね。ただ精神的に他人に危害を加える加害者だったんですね! なんでそんなことをしたんですか? なんでですか? いいわけがあるなら聞きますよ。さあ、なんで?」


「し、知らないわよ!」


「しらばっくれましたか。べつに構いませんよ、あなたの加害動機なんて。でも攻撃したのは事実なんですから、謝ってください! さあ、私に謝って!」


 おばさんは口をパクパクさせている。この人は怒りに震えると顎が動くようだ。顔を鬼のように赤くして私を睨みつけてくる。


「はあ? 何なのよ! なんであたしがあんたに謝んなきゃいけないのよ!」


「だってあなた、私を精神的に攻撃したじゃないですか! それに、あなたは私の貴重な時間を奪った。謝らないというのなら訴訟しますよ。時間損失に対する損害賠償と、精神攻撃に対する慰謝料を請求します」


「なにをバカな……」


「本気ですよ。私は言ったからには絶対に、絶対に、絶対に、絶対に訴訟します。裁判費用は勝っても負けても高くつきますよ。さあ、謝りますか? 謝りませんか? 謝らないんですか? それでいいんですか?」


 さすがにおばさんもタダゴトではなくなっていると察し始めたようで身を引く。

 お金がかかると言われると弱い。その責任が自分にあると言われるともっと弱い。

 私が退治する相手はたいてい、綺麗事は並べても身を切るようなことはしない。


「……ごめんなさい」


 おばさんはボソッとつぶやいた。


「はあ? まさか、それで済ませるおつもりで?」


 私がグッと顔とカメラをおばさんの顔に近づけると、おばさんは眉を下げて仰け反った。


「なによ、謝ったじゃない! どうすれば気が済むのよ。土下座でもすればいいの?」


「私はね、あなたとは違うんですよ、おばさん。ちゃーんとあなたがゴミを拾ってください。それから私の耳に聞こえるように謝れば、それで許しますよ。さあ、やってください!」


 この後、おばさんはゴミを拾ってスーパーに設置されているゴミ箱に捨てた。

 その後、涙声で私に謝罪すると、スーパーには入らず車で帰っていった。


    ***


 カット編集、モザイク処理、字幕挿入、いずれも問題ない。

 私は動画の投稿を終えると、コーヒーでひと息ついた。


「あー、忙しい」


 私は日々戦っている。

 私は特定の立場に立って意見を主張したりはしない。

 特定の立場に立った者が過剰に主張したり他人を攻撃したりしている場合に、その者たちを成敗しているのだ。


 今回はゴミ拾い警察を成敗してやったが、世の中にはほかにもたくさんの一般市民警察がはびこっている。

 マナー警察、気づかい警察、マスク警察(着けろ派・外せ派)、エコバッグ警察、女性の食事代は男性がおごれ警察、などなど……。

 挙げればキリがない。


 しかし現在、私が最も意欲的に懲らしめようと考えている対象は、前回までの動画のコメント欄に沸いているアンチという名の「偽善者から自分を守る会警察」だ。

 奴らのコメントは全部スクリーンショットで保存している。

 証拠を集めた後、開示請求するのだ。


 私は「偽善者から自分を守る会」会長、由木ゆき広希ひろき


 私は偽善者たちを許さない。

 逃がさないぞ、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偽善者から自分を守る会会長・由木広希 日和崎よしな(令和の凡夫) @ReiwaNoBonpu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ