第2話 杏奈のいいわけ

 いつもタイミング悪いというか、なんというか。

 プラネタリウムに付き合わせようと思ってたら、お化け屋敷とか。おかげで早起きしなくちゃいけなくなったし、お化け屋敷にも付き合わされて。

 まあ、カイの情けない顔の写真が手に入ったから良しとしてやるか。それにしても私の顔酷いわ。データで貰った分はなんとか加工しないとね。

 ほんっと、このカイの顔、可愛い。

「なにひとりで笑ってんだ、気持ち悪いな」

「ああ? うるさい! カイは前向いて運転してろ!」

「へいへい」

 車は市街地方面に向けて一般高速から都市高速に入り、若干混んだ道を普段より遅めの巡航速度で走っている。

「お昼どうするつもり?」

「ファストフード系以外だろ?」

「さすがにね、休日にファストフードはないと思うわ。散々仕事中に食べてるからね」

「そう言うと思ったよ。予約してある、滝島のカントリーフレンチ」

「おっと、カイにしてはグッドチョイス。褒めたげる」

「最近行ってなかったからな、俺自身も」

 カイが予約したというフレンチのレストランは、カジュアルフレンチでランチが千円ちょっとで安くて、それでいて本格的な味が楽しめるから、OLにも人気がある店なんだよね。

「で? 時間にはちゃんと間に合う?」

「間に合うだろ。渋滞の情報も入ってないし」

「珍しく順調じゃない?」

「珍しくないだろ、別に」

 カイが言った通り、交通量は多いけど渋滞になる程でもなく、とりあえずレストランへ着いた。プラネタリウムでのイベントは三時から。プラネタリウムまではレストランから十分ちょっとで着く。今は一時なのでゆっくりと食事を楽しむことができそう。

 店内に入ると、早速焼き立てのパンの香りとが広がった。この店の売りのひとつ、パンの食べ放題。

 食べ放題とは言っても、コースでメインと一緒に食べるパンだ。量はさほど食べきれるものではないから、せいぜい三、四個ほどのものなのだけれど、好きな物を選べるというのが魅力だ。

「カイ、パン取ってこい」

「おい、ランチのワインで酔ったか?」

「酔わないよ。たかが二杯」

 当然カイはドライバーだからワインは飲めない。「その分私が飲んでやる」と私がグラスワインの二杯目を空にした。

「ねえ、パン。パーンー」

「はいはい、何かご希望の物はありますか、姫」

「うむ、お主に任せるぞ、カイ」

 バカみたい。何だろうこのやり取り。

 そう思いながらも、こんなくだらないことが堪らなく胸躍らせる。

「杏奈さ、酒弱いよな。……いや、弱いというかすぐ酔う?」

「んー、どうなんだろうね。普段あまり量は飲まないから分かんない。でも気持ち悪くなったりはあまりしないよ?」

「そりゃ、何とも羨ましいことで」

 食事を終えてプラネタリウムに着いた頃でも、頬が赤く染まっているであろうことが私には自覚できていた。でも、それもこれもワインのせいにできるから怖いものなしだ。

 時刻は二時四十五分。もう開場している。

「本当に大丈夫なのかよ。わざわざプラネタリウムになんか行かなくても良くないか?」

 カイがそう言うのは優しさからだというのは分かってはいるけど、それでもカイの鈍さには辟易とする。

「本物の夜空はね、流石に吸い込まれそうで自信ないけど、ここなら、ね。この前のリベンジできそうじゃない」

「『周りに誰もいなかったらどうしよう』ってヤツか? 今回は人も多いからな。誰もいないなんてことはないぜ?」

 分かっていてとぼけているのか。いや、そんな器用なヤツだったら初めから苦労なんてしない。私も大概だけど。

 今はこのやり取りが楽しい。そう思うようにしてカイの前をズンズン進んでチケットに書かれた席に座った。

 遅れて座ったカイの左腕に、右腕を絡ませる。少しワインに酔っているのだから仕方ない。私はそうやって自分の胸の中で言い訳を繰り返していた。

「おいっ、ったく」

 こういう時に少し照れた顔をするカイが可愛くて仕方なかった。カイはどう思っているのだろうか。それが確かめられたらどんなに楽か、それとも分からないままの方がいいのか。いつもその堂々巡りだ。


「おい……。おい、杏奈」

 温もりを感じる右肩とは反対の左の肩が揺さぶられる。

「ん……」

「終わったぜ? 最初から寝てたろ」

 うっすら瞼を開けると、天井の白いスクリーンを遮るようにカイの顔。彼の左腕には自分の右腕が絡んだままで、空いた右腕は私の左肩に置かれていた。

 普段より二時間も早く起きて行動した上に、ランチでお腹が膨らみ、ワインも二杯飲んでしまった。寝るなという方が無理だったらしい。

 瞼が重い。まだ夢の中にいるようだ。

 私は再び瞼を閉じ、少しの勇気と共に顎をほんの少し上げた。

「起きろよ、次の回が始まる前に出なきゃ」

 耳元でそうささやく声が聴こえた後も目を閉じ続けていると、ようやく唇が優しく包まれた。

 私は左手でそっとカイの柔らかい髪を撫で、顎を引いて目を開いた。

「なんで? なんで始まった時に起こしてくれなかったの?」

 私は自分でも驚くほどに甘えた声で聞いた。

「ん、寝言が面白かったからなあ。『人形だから、人形なんだから』って」

「馬鹿カイ!」

 怒りに任せて思い切りカイの額に私の額をぶつけると、見逃してしまった星が少しだけ散った。

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つかずはなれず 西野ゆう @ukizm

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