虚空、遥かなる
アリサカ・ユキ
虚空、遥かなる
俺と由利は、地下街を歩いていた。時間は遅く、どの店もシャターが閉じられている。
上の道路を歩くといくつかの信号にぶつかるから、ここを歩いているのだ。
人の姿も少なく、もの寂しい空気が、一帯を支配していた。
「彰人と、最近、会ってた?」
「いや、連絡もしてない。由利の方は」
彼女は首を振った。
俺たちは葬式の帰りだった。小学生からつるんでいた3人の1人が欠けた。
高校時代は、今思えば、気持ち悪いくらいに、3人、べったりしていた。
「卒業したら、彰人と会わなくなったね」
俺と由利の2人は、よく会っている。恋人という関係にはなっていなかったが、俺はできればそうあればいいと思っている。
「あいつ、結局、美大受かってなかったのな」
「二浪、か」
俺は、神妙な顔つきで、息を吸った。
「自殺だと……思うか?」
「彰人、高校生の時から焦ってたからね。でも、わかんないよね。飲酒運転の交通事故……」
俺は、彰人が焦っていたのは、心の孤独があったからじゃないかと思う。3人くっついていたが、彰人の傍若さに、俺も由利も本当は辟易していたのだ。
あいつは、とにかく、自分の話をした。例えば、理念の美の絵を描きたいのだと、それを長々と彼なりの言葉で。例えば、今描いてる絵がどれだけ哲学的かなどと。あいつは一方的に喋り続ける。いつまでも終わらない自己満な承認欲求に俺たちは、大いに疲れる。そして、俺が、小説を描いていて、その話を聞いてほしいと、話題を出しても、そこで彼は押し黙るのだ。そして、話題を変える。ところで、バンクシーと長坂真護のことだが……、とか。
どこか俺と由利は、彰人に近づきながらも引いてるところもあり、それをあいつはわかっていたのではないか。
あいつは、だから、一刻も早く、「誰からも認められる場」に立ちたかった……、そんなふうに思う。
地下街の端まで来た俺たちは階段を上がった。夜の風は、春が近いとはいえ、まだ冷たく、俺はポケットに入れた手を動かし、コートを身体に密着させた。
「コンビニ、いいかな」
由利は、うん、と答えた。
俺は500mℓの発泡酒を買った。
「飲むの」
「飲む」
俺は、人の目も気にせず、歩きながらお酒を飲んだ。
「でも、高校の時、楽しかったよね。なんだかんだでも、うまく回っていたって思う」
「うん。なんか、未熟な時は未熟な関係で満足するような気がする」
「そんな、あたしたち、大人っていうほどじゃない」
「でも、あいつは、人間関係から、成長ができないやつだったよ」
彰人は、交友関係が広く、いろいろな付き合いを持っていた。そしてよく、その関係を破綻させた。何かの不満で、相手を殴り暴言を吐き。
「プライド、高かったよね」
「上から目線が板についてた」
高三の時、あいつが人の話を聞かないことを諌めたことがある。言いたくなかったが、友達として関係を続けるためには必要だと思ったのだ。あいつは激昂した。そして、言ってることが意味がわからない、と何度も口にした。わかりたくなかったのだろう。あいつの中であの議論は、勝つか負けるかの戦いになっていたのだ。
俺が我慢しているうちに、その話はやめろ、と彼は低く言った。うるさいとか黙れとか叫んでいるのに、それで我慢している状態なのだ。俺はその時、あいつのことを諦めたのだと思う。
「由利、あいつのこと、大事だったか?」
彼女は一瞬、静かに目を閉じた。
「今でも大事、って言ったら、キレイゴトになる。でも、友達」
「それもキレイゴトだろ」
「でも、あんたにとっても、友達でしょ?」
俺は、発泡酒をぐいっと飲んだ。
空に灯るいくつもの星々が、弱々しく輝いていた。
「告別の言葉が文句ばかりになる……」
「それだけ、色々見せあったんだよ」
不意に悲しさが身体を駆け抜けた。俺たちの、思い出。そこにあいつはいる。もう、仲直りすることもないが、そこにあいつはいるのだ。痛みと懐かしさ。
あいつのことについて、俺は話したいのかもしれない。恨みでなく、憎しみでなく。
俺は由利を見た。耳元から顎先に走るラインの顔の造形がきれいだといつも思っていた。
俺は何かを言いかけたが、それは、虚空へと消えた。今日はふさわしくない。
希望。
俺はあいつに何を言っていいのかわからないのだと、気づいた。
たぶん今まで言っていたことはそれを隠すためのいいわけ、みたいなものだったかもしれない。
死んだものは死んだものだと、片付けられない。
「友達が、死んだんだね」
俺は、涙を流した。
風は冷たく、星々の微光が、空を覆っている。
その遥か向こうに、天の国があればいい。
〈虚空、遥かなる 了〉
虚空、遥かなる アリサカ・ユキ @siomi
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