【KAC20237】誤解が解ける
小龍ろん
誤解が解ける
世界に突如出現するようになったダンジョン。その内部は、人類がこれまで常識としてきた理論・法則が通用しない特殊な空間となっている。各国はダンジョンを危険領域として立ち入りを禁じたが、それでもダンジョンに魅せられる人間もいる。
ショウとカズキも、無鉄砲なダンジョン探索者である。二人は、これまで数度のダンジョンアタックを試みたが、何の成果も得られていなかった。
ある日のこと。ダンジョン探索が長引いて真夜中となった帰り道、彼らを謎の地揺れが襲う。それはただの地揺れではない。ダンジョン発生の前触れだったのだ。抗うことすら出来ず、彼らはダンジョンに飲み込まれてしまった。
◆◇◆
ダンジョンの中をさまよう二人はついにお宝を見つけた。鍵付きの金庫に納められたそれは、不思議な素材で作られた天使の像だ。薄暗いダンジョンの中でも仄かに輝く不思議な金属。角度によっては金色にも銀色にも見える。
「間違いなくお宝っス」
「そうだな。芸術的な価値はわからんが、素材の価値だけでも値がつきそうだ」
ショウは慎重な手つきで像を持ち上げた。高さ20cmの像にしては、ずっしりと重い。両手でも持ち上げるのが困難なほどだ。
「こりゃあ運ぶのが大変だぞ」
「本当っスか?」
ショウの代わりにカズキが持ち上げてみるが、結果は同様だ。おそらく、同体積あたりの質量はいつかの金貨より上に違いない。
「バックパックで運ぶしかないッスね」
「底がぬけなきゃいいけどな」
二人で協力して、どうにか像を金庫から取り出し、バックパックに納めた。ひと仕事終えて、ふうと息を吐く。
“死にゆく者へ手向けを”
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
「お前、何か言ったか?」
「言ってないッス。というか、兄貴にも聞こえたんスか?」
「って、ことはお前もか。勘違いであって欲しかったんだが……」
「どういう意味だったんスかね?」
不吉な言葉だった。その意味を考えようとしたところで、どこからかゴゴゴと地に響く音が聞こえてくる。小さいが途切れることなく続くその音は、心なしか少しずつ大きくなっている気がした。
「まさか、ダンジョンが崩壊するってことは……ないッスよね?」
「……嘘だろ!?」
真実はわからない。それでも、身の危険を感じた彼らは、跳び上がるように立ち上がった。
「バックパックは?」
「俺が持つッス」
「わかった。じゃあ、俺が先導する」
金属バットを片手にショウが先頭に立つ。この部屋の出入り口は二つ。ひとつは彼らが入ってきたところ、もうひとつは未知の通路に繋がっている。ショウは迷うことなく未知の通路を選んだ。元の通路を進んだところで、下層に戻るだけ。未探索のエリアも残っているが、今はダンジョンからの脱出を最優先にしなければならない。
「っち、こんなときに魔物か!」
「兄貴! 後ろからも来てるッス!」
気がつけば通路で前後を魔物に挟まれていた。明らかに出現ペースが速くなっている。まるで、ダンジョンが彼らを死へと導こうとしているかのように。
「カズキ、後ろに壁を作れ」
「了解っス!」
重いバックパックを背負ったカズキは、機敏に動くことが出来ない。迎撃は無理だと考えたショウは、アイテムを使うよう指示した。
取り出したのは、青い液体の小瓶。“氷壁の薬瓶”だ。背後の魔物が迫る前に、カズキは薬瓶を地面に叩きつけた。瓶から溢れた液体は、直後に激しく膨張し、分厚い氷の壁ができあがる。
「よし、これでしばらくは持つだろう。あとは前を片付ける。遅れるなよ!」
「もちろんッス!」
ショウが前方の魔物へと駆ける。敵の数は多いが、通路のおかげで同時に複数を相手取る必要はない。そして、多くがこれまで何度か戦ってきた魔物だ。倒した方はわかっている。歴戦の強者の如く、ショウは襲い来る魔物を次々と屠った。
「今だ進むぞ!」
「喰らえ、粘着液っス!」
通路を抜けても魔物の襲撃は続く。それを退け、ときにはアイテムで足止めして彼らは進んだ。
すでに、ダンジョンの鳴動は無視できないほどに大きくなっている。彼らは、その意味をすぐに知ることとなった。彼らが駆け抜けようとした通路の壁が突然崩れ落ちたのだ。カズキは危うくそれに巻き込まれるところだった。
「ひ、ひぃ……助かったッス」
「ダンジョンが崩壊しているのか……? マズいぞ!」
徐々に大きくなる地響き。それはダンジョンの断末魔であった。
死にゆく者へ手向けを。死にゆく者がダンジョンだとすれば手向けとは何だ。まさか、俺たちの命ではないだろうな。
ショウは自分の考えに身震いした。とにかく、一刻も早く、ここから抜け出さなければならない。
「あ、兄貴! 階段っス! あれ、外じゃないッスか!?」
カズキが指し示す先には、たしかに階段が見える。薄らと明るく見えるのは、差し込む月明かりだ。
「行こう!」
「はいっス!」
最後のひと踏ん張りと二人は駆ける。ショウは階段に足をかけた。数段上ったところで、足音がついてきていないことに気がつく。
「カズキ?」
「兄貴、壁があるッス! 見えない壁が!」
カズキは階段の直前で立ち止まっていた。
「壁!? 俺は何ともなかったぞ!」
「駄目ッス! ちっとも進めないッス!」
少し戻って様子を見る。確かに、カズキは何かに阻まれているようだった。
ショウは考える。自分との違いは何か。パッと思いつくのはバックパックの天使像だ。
「バックパックは置いていけ! それで通れるかもしれん!」
「えぇ!? でも、せっかくのお宝っスよ!」
「命あっての物種だろ! 妹の治療費が必要なのはわかる! だが、ここでお前が死んだら、その妹だって悲しむだろ! ダンジョン探索ならいくらでも付き合ってやるから! 早く!」
「い、妹の治療費? 何の話ッスか? 妹は今日も憎らしいほどピンピンしてたッスよ。でも、兄貴がこれからもダンジョン探索に付き合ってくれるなら、まだまだチャンスはありそうッスね!」
「……は?」
ショウの説得に、カズキはあっさりとバックパックを投げ捨てた。予想通り、それで壁を抜けることができたカズキは、さっさと階段を上っていく。
「何してるんスか、兄貴! 早く行くッスよ!」
「あ、ああ。何か聞き捨てならないことを聞いた気がするが、まずは脱出だな」
すでにダンジョンの鳴動は耳が痛いほどに激しい。尽きかけた体力を振り絞って二人は階段を駆ける。そのたびに視界の夜空は広がっていき……そして、ついに最後の一段を踏みしめた。
路上に座り込み、はぁはぁと二人は大きく息をする。彼らが脱出したすぐあとに、ダンジョンは崩壊したらしい。いや、それは崩壊と言っていいものだろうか。彼らを突如飲み込んだダンジョンは、その発生と同じ唐突さで消失したのだ。彼らの目前で口を開いていた大穴はすでに跡形もない。最初から、何事もなかったかのように、ただ舗装されたアスファルトの道が続いている。
「いや、やっぱりダンジョンってのはとんでもないな」
「本当っスね。変な薬類が残ってなきゃ、夢と思ったに違いないッス」
「そうだな。……それで、いいわけはあるか?」
「な、なんの話ッスか……?」
「お前の妹の話だよ!」
ショウはカズキが重傷を負った妹の治療費を稼ぐためにダンジョン探索をしていると思っていたのだ。それは両者の言葉が足りない故の誤解だったのだが、それでダンジョン探索に付き合わされていたショウとしてはたまったものではない。
「さあ、納得いく理由を話してみろ!」
「そんな! 理不尽ッス!」
夜の街に、カズキの叫びが木霊した。
後日、二人が持ち出した薬品類が研究目的で買い取られ、幾らかの金が手に入った。それに味をしめたカズキが再びダンジョンに潜り……結局、ショウもそれに付き合わされたという。なんだかんだといって、面倒見がいい兄貴分であった。
彼らの探索は続く――が、物語はここまでだ。
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