言い訳

玄栖佳純

第1話

 遅刻をしていた。

 駅に向かい電車に飛び乗り、人もまばらな車両を少し移動してドアの横で待つ。そのドアが降りる駅の改札口へ向かう階段に一番近いからだ。ひとつ目の駅、ふたつ目の駅、みっつ目の駅。ドアが開いて、人の出入りがあって、その間も私は手すりを握ってドアの横で待つ。


 みっつ目の駅でドアが閉まるとドアの前に移動する。扉と扉の間に細く見える隙間の前。次の駅で降りるからだ。目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。

 車掌のアナウンスが聴こえ、電車が止まり、ドアが開く。


 開いた瞬間、瞳を開け、外へ飛び出す。飛び乗りは禁止されているが、飛び出すのは禁止されていないはず。走るなは言われているかも? エスカレーターは止まって乗らなければいけないらしいが、階段は自分の足で上るからエスカレーターの横の階段を目指す。真っ先に着き、一段ぬかしで駆け上がる。


 これが運動会なら誰もが一位を狙っているから1番にはなれないが、ここは競争する場所ではない。むしろ、他人に迷惑をかけずに行かなければいけない公共の場所。 

 おそらく迷惑はかけていないはず。


 階段を上り切ると人の流れがあった。誰にもぶつからないように、他人の歩みを妨害しない距離を保って走る。ターンも思いのまま、誰にも不快を与えない空間を選んで走る。誰にも見られていないけど、人込みを抜け、誰もいない改札を1番で通り抜けるのはなかなか気分がいい。


 そんなことを思っている場合ではなく、私は待ち合わせの場所へ向かう。

 待ち合わせの相手がいた。そこへ突っ走っていく。


「ごめん! 目覚ましが止まってて、っていうかスマホを目覚ましにしてたんだけどスヌーズ? 起きたと思ってアレを止めたんだけど、そしたらまた寝ちゃって、それで起きたら間に合わない感じになってて、でもご飯は食べないといけないから簡単なヤツって思って支度しながらパン焼いてバター塗って、そのまま食べられるチーズ出して支度しながら食べて、家を飛び出そうとしたらネコがゴハンをねだってきて、そんなことになったら置いて行けないよね。カリカリととろとろなヤツをお皿に出して、食べているところを見てたかったんだけど泣く泣く出てきたんだよ」

 起きてから家を出るまでのことを包み隠さず伝えた。


「スマホはベッドから出ないと止められない場所に置いて、ご飯は抜いてくればいい」と冷たく言われた。

 ゴハンは抜けないと言いたかったけれど、言える雰囲気ではなかった。


 ものすごく不機嫌な顔だった。どうすれば赦してもらえるのかわからないくらいに不機嫌な顔だった。


 どうしようと思っていると、

「でも、ネコは仕方がない」と言われた。

 不機嫌な顔のままだったけれど、そう言われた。

「そうだよね。ネコはしかたがないよね」

 ネコは仕方がないと言われて、すごく嬉しかった。


「ネコの面倒はもっと早く起きて見るように」

 少しだけ不機嫌な顔が和らいでいた。

「うん。そうする」

 わかってもらえて嬉しかった。


 ネコの世話は何よりも優先される。

 友のためならムリだけど、ネコのためならがんばろうと思える。


 そして意外と赦してもらえる。


「電車降りてから、すっごく早く来られたんだよ」と言うと

「走らなくても間に合う時間に出てこい」と怒られた。


 あの速さは自分でもすごいと思っていたのだけれど。


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言い訳 玄栖佳純 @casumi_cross

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