最終話 仏五郎の悟り
澄み渡る空に赤とんぼがとびかう頃、住職が戻ってきた。痩せて筋張った顔からは以前のような覇気はなかったが、私の前で座禅を組む姿は凛としている。時折、坊守が住職を気遣いながら私のお世話もしてくれる。
「おお、久しぶりだな」
あの子がまた楠にやってきた。住職がそう言うと、いつものところから餌を取り出しばらまくと喜んでついばみはじめた。私はこの数週間、あの子に会えない苦行から解き放たれた気がした。チチチ、チチチ、と声をあげながら喜びを表現するあの子。もっとこっちに来てほしい、できれば私のことをもっと気にかけてほしいとかもう贅沢は言わないから、これからも毎日遊びに来てほしいと願った。
私の願いは叶い、あの子は翌日もまたその翌々日もやってきた。住職もそれが励みになったのか少しずつ快復に向かっているようだった。
中秋の名月をむかえる日の昼どき、住職の快気祝いが行われた。今年も月見団子と芋ご飯が私の前にも置かれた。もう贅沢は言わないと思っていたが、もしかしたらあの子がまた近くにやってきてくれるかもと淡い期待を抱く。宴が終わり片付けをはじめた頃、あの子がやってきた。住職も席を外していたが、あの子は私の前に捧げられた月見団子と芋ご飯をみつけるとチューピー、チューピー、といつもとは少し違う声をあげると芋ご飯を突っつく。美味しかったのか、チュピピピ、チュピピピピピと更についばんだ。可愛い、、可愛すぎる。
「私も突っつかれたい」
私の心の奥底からむくれあがってくる煩悩を抑えられなかった。
すると、ジリリ、ジリリとあの子とは違う鳴き声が聞こえてきた。楠にまた鳥がとまっているのか? 薄暗くなってきた外がよく見えなかった。気づいたあの子が鳴きよぶと、白い羽毛に黒と青のコントラストが綺麗な雄鳥が飛んできた。仲睦まじそうに二羽一緒に芋ご飯をついばむ。
私はその光景を見て激しい嫉妬に襲われた。あの子の隣で美味しそうに食べる雄鳥が羨ましい。
坊守が戻ってくると芋ご飯にいた二羽をみつけて言った。
「こらこら、これは仏五郎のものよ」
坊守の声に驚いて二羽はそのまま外に飛び去っていくかと思ったが、なぜか私の羂索を持っている左手にとまった。
「あの子が私の手にとまっている」
でも・・・あの雄鳥も一緒にとまっている。なんとも言えない気持ちになったが、私の心願成就はある意味で叶ったのだろう。
住職が他の僧侶と一緒にお堂に入ってくると二羽の鳥が私の手にとまっているのを見つけてこう言った。
「よかったな、仏五郎」
その言葉に私は驚いた。覚られないようにしていたのに、住職に見透かされていたのか・・・。私はなんだか恥ずかしい気持ちになった。
月光に照らされると二羽はそのまま飛び去っていった。
おわり
仏五郎の煩悩 愛新覚羅ゆうはん @yuhan28
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