第2話 仏五郎の恋煩い
楠で蜩が鳴いている。忙しかった夏も終わり、気がゆるんだのか住職が体調を崩していた。あの子が楠にやってくるけれど、餌をあげる人がいないのがわかると直ぐに飛び立っていく。そんな状況が数日つづいた。私が餌をあげられたらいいのにとはがゆさを感じながら、一日も早い住職の快復を願った。
一週間が経ち、坊守が住職のかわりに私の世話をしてくれていた。刹那、あの子が楠にやってきた。いつものように綺麗な声でさえずると、坊守が気づく。「あの鳥、いつも遊びにくるのね。楠がお気に入りなのね」と言うと、母屋に戻った。あの子も私も坊守がきっと餌を持ってきてくれるだろうと期待をした。しかし、一向に本堂に戻ってこない。しびれをきらしたあの子はツンツン!と鳴くと飛び去っていった。餌がなければ用はない!と聞こえた気がした。
翌朝、あの子はやってこなくなった。
住職はまだ快復していない。坊守も朝から慌ただしい様子から、ただの風邪ではないことがわかった。願いを叶えてあげることが私の役割でもあるのだが、あの子がいないとヤル気も起きない。餌をあげることもできない不自由なこのカラダに、私よりも楠と餌がお気に入りなところにもヤキモキしていた。住職が快復しなかったら餌をくれる人もいないからもう来ないかもしれない、もしかしたらもっと良いとまり木を見つけているかもしれない。私はあれこれと考えては悩んでいた。
その翌日も、またその翌々日も、あの子はこなかった。
もうあの子が来なくなって五日。今日は、住み込みの僧侶が住職の代わりに祈願を執り行うようだ。三組の家族が並んで正座をすると、太鼓の合図と共にお経がはじまる。それにあわせて私の眉間がうずく。ヤル気がなくても読経されると本尊としての本能が引き出されるのだ。めらめらと燃え盛る炎に願い木が投げ入れられると、私の煩悩も祓われているのか、胸あたりが苦しくなった。
「ママ、仏五郎が汗かいて怒ってるよ」
男の子が私を指さして言った。「こら!神さまにむかって指さしちゃだめでしょう」と母親がさとす。
「仏五郎が怒り顔なのは、欲望にまみれた私たちの煩悩を救うため、愛がこもった表情なんだよ」と僧侶が優しく言う。
私は空しさと自己嫌悪の混交した感情で、じっと燃えかすれる炎をみつめていた。
つづく
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