運命の本

仲津麻子

第1話運命の本

『少なくとも数年先には、あなたの物語が記されて、この店の本棚に並ぶことでしょう』


真白ましろは、偶然見つけた「運命の本屋」という名の不思議な店で、老人が告げた言葉を何度も思い出した。


 中学校からの帰り道、あれから何度となく、あの場所を通ってみたのだが、そこには灰色の壁があるだけで、本屋はなくなっていた。


 幼い頃から真白のまわりでは、よく不思議なことが起こっていた。

夢の中で、知らない場所に立っていたり、木や草や山などの自然の中に、何かの気配を感じたり、起きている時でも、誰かに呼ばれているような気がしたり。


 変だなとは思うものの、それを恐ろしいとは思わなかった。深く追求することもなく、そんなこともあるのかもしれない、と、自分で自分に言いわけして、納得しているところがあった。


 それでもあれ以来、数年後の自分に何か起こるのだろうかと、老人が言った言葉が忘れられないでいた。


 「運命の本屋」の名が記された本は、父親が残した書棚にあった。

何度も読み返されたのか、他の蔵書とは違って、手垢で汚れていた。ページの端はまくれ上がり、破れているところもある手書きの冊子だった。


地球とは別の世界にある国について書いた空想小説で、主人公が判断に迷った時、その本屋で本を探してヒントを得ていた。


 まさかね。


 真白は自分があの本屋でヒントをもらったのだとは思えなかったが、それでも、何か意味のあることだったのかもしれないとも思う。


わからないことだらけだ。


緋衣ひい様、緋衣様!」

使用人の慈子しげこが呼ぶ声がして、真白はハッと現実にかえった。


「ここにいるよ」

真白が声を上げると、慈子は割烹着でぬれた手をぬぐいながら顔を出した。

「まあまあ、書斎でしたか、お返事がないので探しました。お夕飯ですよ」


ああ、ごめんね。本を読んでたの」

真白は、言いわけをして、開いていた本を閉じた。


陽来留国物語ひくるこくものがたり緋衣様逸話ひいさまいつわ・質】

(終)

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運命の本 仲津麻子 @kukiha

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