運命の本
仲津麻子
第1話運命の本
『少なくとも数年先には、あなたの物語が記されて、この店の本棚に並ぶことでしょう』
中学校からの帰り道、あれから何度となく、あの場所を通ってみたのだが、そこには灰色の壁があるだけで、本屋はなくなっていた。
幼い頃から真白のまわりでは、よく不思議なことが起こっていた。
夢の中で、知らない場所に立っていたり、木や草や山などの自然の中に、何かの気配を感じたり、起きている時でも、誰かに呼ばれているような気がしたり。
変だなとは思うものの、それを恐ろしいとは思わなかった。深く追求することもなく、そんなこともあるのかもしれない、と、自分で自分に言いわけして、納得しているところがあった。
それでもあれ以来、数年後の自分に何か起こるのだろうかと、老人が言った言葉が忘れられないでいた。
「運命の本屋」の名が記された本は、父親が残した書棚にあった。
何度も読み返されたのか、他の蔵書とは違って、手垢で汚れていた。
地球とは別の世界にある国について書いた空想小説で、主人公が判断に迷った時、その本屋で本を探してヒントを得ていた。
まさかね。
真白は自分があの本屋でヒントをもらったのだとは思えなかったが、それでも、何か意味のあることだったのかもしれないとも思う。
わからないことだらけだ。
「
使用人の
「ここにいるよ」
真白が声を上げると、慈子は割烹着でぬれた手をぬぐいながら顔を出した。
「まあまあ、書斎でしたか、お返事がないので探しました。お夕飯ですよ」
ああ、ごめんね。本を読んでたの」
真白は、言いわけをして、開いていた本を閉じた。
※
(終)
運命の本 仲津麻子 @kukiha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます