扉のむこうがわ

にわ冬莉

第1話

 つかつかと早足で歩く私の後を、彼が慌てて付いてきている。

「待ってくれよ!」

 必死の形相なのは顔を見なくても分かる。そりゃそうよね、私、婚約破棄を申し出たんだから。


 事の発端は三日前。あなたは私に内緒で女と会ってた。

 それを見た私の気持ちがわかる?

 結婚しよう、ってプロポーズされて、お互いの両親に挨拶も済ませて、結婚式の話をして、幸せの絶頂な私の心を裏切ったのはあなた。

「もう、付いてこないでよ!」

 今更何言われたって無駄なの!





 背を向けて足早に歩く彼女を追う。

 急に婚約破棄をしたいだなんて、一体どういうことなんだ?

「拓海の言うことなんか信じない!」

 とにかく彼女は怒っている。

 三日前のことがバレたのか?

 まさか。


 俺はいつだって加奈子のことだけを考えてきた。

 甘いプロポーズも、これから始まる新婚生活も、すべて順調にいくはずだったんだ。

「話を聞いてくれよ!」

 こんなところですべてをふいになんかしたくない!





 加奈子がマンションに入って行く。閉まりかけのエレベーターに乗り込んだ加奈子がボタンを押す。が、寸でのところで拓海が滑り込んだ。二人とも、若干息が荒い。


「いい加減にしてよ」

「まずは話を聞いてくれって!」

「適当なこと言って誤魔化そうっていうわけ?」

「違うよ! そうじゃなくって、」

 チン、とエレベーターが停まる。


『ゴカイデス』


「ほら、こいつもそう言ってる!」

「は? バッカじゃない?」


 エレベーターを降り、加奈子は鍵を取り出すと、扉に鍵を差し込む。


「あなたは私に隠れて女に会ってた。それが真実よ」

 言い放ち背を向ける加奈子を、拓海が後ろから抱き締める。

 抵抗する加奈子を抱き締めたまま、拓海が言った。


「妻に別れ話をしに行ってたんだ」

「まさか奥さんがいたなんて…、」

「だからんだよな。そして…」

「後悔はないわ」




 その部屋からは男の刺殺体と、首を吊った女の死体が発見された。

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