出口を探してもいい

白部令士

出口を探してもいい

 妹の陽菜ひなを連れて散歩をしていた。あてなどない。経験上、落ち着くであろう夕方まではブラブラしているつもり。

 家にいると滅入ってしまう。母さんの機嫌が悪く、陽菜を蹴ったり叩いたりするからだ。やめるように言うと、昨日の晩、陽菜が父さんに媚を売っていたからだといいわけされた。

 昨日の晩のことを翌日の昼前になってキレるのか、というか媚を売るってなんだよと思う。


 僕らの通う小学校とは反対の方に歩いてきていた。たまたま目についた公園に入る。ベンチに座ると陽菜もついてきた。 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 と、陽菜が側の木を指差す。見るとクモの巣があり、カナブンがぐるぐる巻きにされている最中だった。

「カナブンかわいそう」

「うん。……そうだね」

 次になにを言うのか想像がついた。

「助けてあげて」

 やっぱり。予想どおりのことを言う陽菜であった。

「それは、どうかな。クモだって、捕まえた獲物を食べて生きているんだから。カナブンを食べられないと、お腹が空いて死んじゃうかもしれないぞ」

 昼ご飯を食べてないからか、ちょっと熱が入った。それでも陽菜は納得しない。

「でも、カナブンかわいそう」

「それなら、自分で助けてあげなよ」

 口にして、しまったと思った。陽菜が泣きそうな顔になっていた。

「あっ、待った。待って」

「虫さわれない……クモこわい……」

 止める間もなく、陽菜が泣き出した。


「なに妹を泣かしてんの」

 非難するような声を掛けられる。級友の一万田いちまんださんだった。彼女は陽菜のこともよく知っていて、真っ直ぐこちらに歩いてくる。

「ひどい兄ちゃんね。どうしたの?」

 と、一万田さんが陽菜に尋ねる。陽菜に話を聞くと、彼女はあっさりとカナブンを掴み丁寧に糸を外して逃してやった。

「これくらいのことも出来ないの?」

 と言われたので、クモだって獲物を食べないと――という説明をしてやる。

「カナブン堅いし、きっと食べられないんじゃない? 糸や労力が無駄になって、殺してしまうだけになってたかもよ?」

 一万田さんがよく通る声で返してくる。

 どうなんだろう。そういうこともあるかもしれないが。

 正しいか正しくないかはともかく、一万田さんは堂々としている。

 カナブンが飛んでゆく。陽菜がはしゃいで見送った。


 カナブンが見えなくなると、陽菜は蝶を追い掛け始めた。 

 思い切って、一万田さんをベンチに座らせる。そして彼女にうちの事情を話し意見を求めた。一万田さんからも幾つか質問された。

 しばらく首をひねっていた一万田さんが口を開く。

「参考になるかどうか分からないんだけど。私、父親と一緒にお風呂に入っていたのは幼稚園までだったよ」

 考えてみて、と足した一万田さんは真剣な顔をしていた。

               (おわり)

 

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出口を探してもいい 白部令士 @rei55panta

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