悪役令嬢ですが特に能力もないのでいいわけでうまく誤魔化そうと思います。

kattern

第1話 悪役令嬢ジョセフィーヌは生きるためにいいわけをすることを決めた

 私の名前は吾川恵。どこにでもいる普通のアラサーOL。

 中小企業の事務方(正社員)をしていた私は、会社の飲み会で特技の「まんじゅういっき食い」の最中で、喉に饅頭を詰まらせて死んでしまった。

 一応、過労死扱いらしい。上司が「パワハラではなかったのか?」と問責を受けているのが申し訳ない。


 おのれこしあんめ――。(つぶあんだったら詰まらなかったのに!)


 そんなあんまりにもあんまりな人生を儚んだ女神さま。


「恵、貴方が好きな世界に転生させてあげましょう」


「え、いや、結構です。普通に天国でお願いします。あ、私ごときが天国とかおこがましいですよね。大人しく、地獄で釜で煮られておきますね……」


「その自己肯定感の低さも不憫すぎる! 次の人生では、もう少し自分に自信を持って生きなさい!」


「無理無理無理無理無理無理無理無理ィッ!(ジョジョ顔)」


 なかば押し売りみたいな感じて、彼女は私を転生させてくれちゃったのよ。


 気が付けば私はよく知る乙女ゲーの中。

 そして、よく知る破滅フラグ満載の悪役令嬢の身体。


「悪役令嬢破滅フラグ回避ものはじまったこれ……」


 チートもねえ。

 知識もねえ。

 教養も言うほどある方じゃねえ。


 ねえねえばかりの「こんな悪役令嬢いやだ(feat.吉○三)」な、私の異世界転生はこうしてはじまったのだった。今日も今日とて、迂闊な破滅フラグを立てないようにと、私はびくびくと肩を縮こまらせて悪役令嬢をやっております。


「ジョセフィーヌ、これはいったいどういうことなんだね!」


「はい! さっそく死亡フラグの方からやってまいりましたわー!」


 そんな私の目下の悩みは、歩く死亡フラグことアクセル第一王子。

 金色の髪に甘いマスク、頭一個分大きいなでなで系正統派ヒーロー。

 ゲームでは悪役令嬢ジョセフィーヌ(私)にいびられる主人公を、それとなく気に掛けて助ける役回り。パッケージでバーンと正面飾ってるメインキャラだ。


 しかしその一方で、王子が原因で私(ジョセフィーヌ)が死亡するパターンが、元のゲームでは一番多い。(白目)


 追放先で暴漢に襲われて死亡。

 修学旅行で彼にヒロインいじめを告発され単独行動したら熊に襲われる。

 夜会を襲った革命派の暴漢(王子を人質にするのが目的)に見せしめに殺される。

 エトセトラエトセトラ。


 こいつと一緒にいるだけで、頼んでもいないのに死亡フラグが降ってくる。

 もうなんか、シナリオライターがわるふざけでやってるまである。ジョセフィーヌに対する死亡フラグ、悪役令嬢スレイヤー。それがアクセル王子なのだ。


 だからまぁ、可能な限り近づいて欲しくないのだけれど――。


「僕の誕生会に出席してくれないだなんて! クラスで君一人だけだよ! なんで僕のことを祝ってくれないんだい!」


「いえその、今ちょっと服をクリーニングに出しておりまして、着ていく服が……」


「服がないなら、新しいのを買えばいいじゃないか!」


「んんッ! 金持ち正論パンチが限界社畜OLの心を抉るぅッ!(瀕死)」


 けれどもなぜだか、私が異世界転生したこの世界では――ことあるごとにつけて私に絡んでくるのだ。今日も今日とて、彼の誕生パーティーへの参加を拒んだ私に、直談判しにやってくる始末。正直勘弁してほしい。


 そして、彼の誕生日パーティーに参加した場合、私は王城の地下に幽閉されている彼の双子の弟に殺害されてしまう――『王城の怪物ファントム』ルートに入ってしまい、無事に死亡する。


 なんとしても、このお誘いは断らねばならぬ!!!!

 私にあるのは元ネタになったゲームの知識だけ!!!!

 どマイナーで売り上げも微妙、SNSで話題になったこともない、Pixivのイラストも数える程度、まとめ記事すらないくせに、無駄に10作もシリーズを重ねている、誰特乙女ゲーの知識のみなのだ!!!!


 ジョセフィーヌ(私)が死亡するイベントのことごとく(108あるぞ)を、すべて回避して私は無事に第二の人生を謳歌する。

 そのためにも――。


「絶対に私は誕生会に行きません!!!!」


「なぜなんだジョセフィーヌ! 僕は皇太子なんだよ! 国の誰からも愛される天使のような存在の僕を、どうして君はそうやって遠ざけるんだ! 僕は悲しい!」


「なにがなんでもこればっかりはうんとは言えませんの!!!!」


「Whyyyyyyyyyyyy!!!!!!」


 ここで折れる訳にはいかなかった。


「くっ、かくなる上は! 拘束してでも君を僕の誕生会に参加させる!」


「出た! サイコ○ス王子! こいつも弟と同じで、ちょいちょい発言がアブネーのよ! そんな倫理観がズタボロな奴がメインヒーローしてるから、いまいちパッとしなかったんだよこの乙女ゲーはよぉ!」


「この国の王子――太陽の子たる僕には、すべての臣民から祝われる権利がある!」


「強欲の権化!」


 ふつうこういうのって『君が祝ってくれるなら、他はどうでもいいさ……』みたいな、ヒロインに特別感与える感じの口説き文句をしてくるでしょ。

 なんでワガママクソガキみたいな王子ムーブするのよ。


 こんなんで乙女がキュンなんてするか。(ブチ切れ)


 メインシナリオライター出てこい!

 なに考えてこんなシナリオ納入したんだ!

 そんなんだから「サブシナリオの方が正史」とか言われるんだぞ!


 怒っていても仕方ない。冷静になろう。このままだと、王子の権力と暴力とゲームの強制力で、無理矢理彼の誕生会に参加させられることになってしまう。

 何か、誕生会に参加できない、いいわけはないか――。


 その時、私はふと思いついた。


「すみません王子。実は私、参加したいのはやまやまなのですが」


「なのですが? いったい何が問題なんだいジョセフィーヌ? 僕がなんとかしてあげよう! 我が王国の威信に賭けてでも、君の問題を解決してみせる!」


「……実は私、ダンスが踊れない身体でして」


「大丈夫! それなら今日からみっちりダンスの先生にレッスンを受ければいい!」


「そういうこと言ってるんじゃねーんだわ、このスットコドッコイ」


 人の話は最後まで聞け。

 そういう所だぞ、アクセル第一王子(人気投票万年最下位)。


 なんでもかんでも努力と根性で解決しようとする、「脳筋キャラより脳筋している」バカ王子に釘を刺すと、私は物憂げに俯いて深刻な感じを醸し出した。

 その空気に、流石のバカ王子も神妙な顔をする。


 黙っていればイケメンなんだけれどなこいつも――。


「実は、私の足はとある病魔に冒されているのです」


「な、なんだって! なんという病魔なんだ! 我が王国の――」


「魚の目というそれはそれは恐ろしい病気で」


「……魚の目? 聞いたことのない病気だな?」


 あ、魚の目ってこっちの世界だと自動翻訳されない感じなのね。

 どう説明すればいいのやら。


 悩んだ私は――。


「デビルズ・フィッシュ・アイと呼ばれる奇病でございますわ(大嘘)」


「デビルズ・フィッシュ・アイ!!!! なんて恐ろしい言葉の響きだ!!!!」


 適当にそれらしい英単語を並べてみた。

 よし、怖がってくれたぞ。デビルフィッシュってたしか蛸(諸説あります。赤坂パトリシア先生のnoteに、その辺り詳しくまとめられておりますので、興味のある方は読んでいただければと)だけど。


 蛸の目か。

 まぁ、それはそれで怖いな。


 ふらふらと私から遠のいた王子は壁にもたれかかって青い息を吐いた。

 これはもう一押し。私はさらにいいわけをたたみかける。


「このデビルズ・フィッシュ・アイはどんな薬も効かない難病なのです」


「なに⁉ まだ特効薬が見つかっていない病気なのか⁉」


「えぇ。病気が進行するとドンドンと浸食された箇所が大きく――まさしくデビルズ・フィッシュ・アイという感じに腫れ上がっていくのです」


「それは……聞いただけで怖気がする!!!!」


「歩けば鈍い痛みが足裏に走るようになり、最終的には――!!」


「やめてくれジョセフィーヌ! それ以上は聞きたくない! 私はこれでも、夜はまだ熊ちゃんのぬいぐるみを抱いていないと寝られないほどの小心者なんだ!」


「身体の一部(魚の目の芯)を切除しなくてはならなくなるのです!」


「UGYAAAAAAAAAAA!!!!!!」


 その場に膝を折って崩れ落ちるアクセル王子。

 こいつ、かっこつけなのに意外にメンタルが豆腐なんだよなぁ。

 メインルートだとそこそこかっこいいけれど、他のキャラの攻略ルート入ると途端に三枚目のコメディリリーフになるの。


 そういう所だけは忠実でほんと助かる。


 なんにしても、私の『デビルズ・フィッシュ・アイ』トークにより、アクセル王子の心は折れた。もう私を誕生会に誘うことはないだろう。


「……とにかく、この不治の病があるため、ダンスなどがある夜会の類いには参加しないようにしておりますの。申し訳ありませんアクセル王子」


「あぁ、すまない。僕としたことがレディに失礼なことを聞いた」


「……せめて会に出席できないお詫びに、当日は花束を贈らせていただきますわ」


「……ありがとうジョセフィーヌ。その心遣いだけで僕は嬉しいよ」


 ほんとかまってちゃんなんだからもう。(白目)

 生まれたての子鹿のようになった王子を立ち上がらせ、動悸が収まるまで待ってあげると、私はようやく彼から逃れることに成功した。


 やれやれまったく。

 ただのOLが異世界で悪役令嬢やるのは大変だぜ。

 それにしたって――。


「なんであの王子は、悪役令嬢の私にここまでしつこく絡んでくるんだ?」


 シリーズ全10作やった私でも分からない。

 そもそも、毎度毎度、酷い目に遭うと分かっているのに、王子についていくジョセフィーヌ(私)もジョセフィーヌだ。二人の不思議な関係性に、私は転生してからふと首を傾げるのだった。


 なんかそんな設定あったっけか――。


「ダメだ。バカ王子ルートは心を虚無にしてやっているから細かい所覚えてないや。死亡フラグだけは覚えているんだけれどナァ」


◇ ◇ ◇ ◇


「はぁ、ジョセフィーヌなぜなんだ! なぜ君は――この学園に入学してから僕に急に冷たくなったんだ! 僕たちは親に決められた婚約者で、幼馴染で、それでなくても将来結婚を星空に誓い合った――秘密の恋人のはずなのに!」


 バカ王子アクセルは今日も胸のペンダントを開く。

 そこには、こっそりと彼が宮廷画家に描かせた、超精細なジョセフィーヌの肖像画(めっちゃ笑顔)が描かれていた。


『子供っぽい陛下も、私は好きでしてよ。その純真さを守れるよう、私は強くなりますわね――!』


「ジョセフィーヌ! あぁ、ジョセフィーヌ! 僕の愛しい人ママ~~~!」


 この物語は『異世界の悪役令嬢に転生した一般女性(アラサーOL)が、あまりにもシナリオがクソ過ぎて、攻略ルートのイベントどころか設定さえも忘却してしまった王子と、死亡回避をしながら添い遂げるというハード乙女ゲー転生小説』。

 なのかもしれない――。


【了】

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悪役令嬢ですが特に能力もないのでいいわけでうまく誤魔化そうと思います。 kattern @kattern

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