ただ、信じられなかっただけなのに…………
桜桃
いいわけを言っても、もう遅い
学校の噂でよくあるのは、十三階段や音楽室のベートーヴェン。紫ばばぁやトイレの花子さんなどなど。
沢山の噂があるけれど、誰もそれを見た事はない。
根も葉もない噂に踊らされるなんてまっぴらごめんだ。だから私は決めた。
今、この学校で大きな噂になっている一つ、”トイレの花子さん”について調べ、噂が嘘だったと。噂を流している連中に教えてやるんだ。
☆
「本当に忍び込むの? なんか、犯罪とかに手を染めているような気がして嫌なんだけど…………」
「だって、トイレの花子さんが出る時間は丑三つ時でしょ? なら、忍び込むしかないじゃん」
「そうだけど…………。親にも気づかれないように出てきてさ、これでもし見つかったら怖いよぉ」
「それなら付いてこなくてもいいんだよ? 私は一人でも行けるし。そもそも、花子さんなんているわけがないんだからさ。警備員とかに気づかれなければ問題はないよ」
学校の塀を上り、校庭に。友達である愛理も一緒に中へと無事に侵入。
私達の学校は、一階のトイレの窓が古く建付けが悪い。鍵が閉まっていても開ける事は可能。少しだけガタガタと音を鳴らせば簡単に開く。
「ねぇ、梨花。もし花子さんが居たらどうするの。たしか、会ってしまったら殺されるんだよね? どんな方法かは、花子さん次第だって……」
「そうなったら私が助けてあげるよ。ほら、手! ずっと繋いでいれば問題ないよ!!」
「っ、絶対だからね、絶対にこの手を離さないでよ!?」
「わかったよ。まったくもぉ、愛理は怖がりだなぁ」
「だって…………」
握った手が震えてる、本気で信じているってこと?
まったく、私が今一番怖いのはお母さんだよ。帰ったら絶対に怒られる。だって、気づかれたもん、玄関のドアを開けた時に音を鳴らしてしまい、お母さんが起きてしまった。
姿は見られなかったけど、絶対に部屋の中は確認するはず。
くだらない事を考えながら目的地であるトイレに到着。上を見上げると、しっかりと施錠されているのがわかる。
それを簡単に開け中に侵入。手を伸ばしている愛理の手も握り引っ張り上げた。
トイレの中に入ると、ひんやりとした空気が漂っているのを肌で感じる。でも、確かこのトイレではないはず。トイレの花子さんの噂が流れている女子トイレは二階。
一度廊下に出て、二階上がらなければならない。
愛理の手を引き二階に行く。周りは暗く、いつもはうるさいくらいの廊下が、今では私達の足音しか聞こえず寂しい感じ。人がいないからか、空気が冷たく半袖で来てしまったことを後悔し始めた頃、目的の女子トイレに到着。
目の前まで来ると、さすがに体が震える。でも、今までの人生、一度も怪奇現象に巻き込まれたことも見た事もない私。幽霊特集や番組も、絶対やらせだと思っている。だから、この感覚も気の所為で、花子さんなんてこの世に存在なんてしない。
「入るよ」
「う、うん…………」
中に入ると、すべての扉は閉められている。まぁ、いつも閉められているから特に不思議はない。
たしか、手前から四番目の扉を三回ノック、その後に”花子さん”と三回名前を呼ぶ。返事が返ってきたら”一緒に遊びましょう”と言うらしい。
「それじゃ、やろうか」
「う、うん……。絶対に、離さないでね?」
「分かってるってば」
もう、どんだけ怖いのさ。どうせ、返事なんて返ってこないのに。
スマホの録画機能を使って、何も無いことを証明しないと。
後ろにある手洗い場でいいか。空いているスペースにスマホを置いて、カメラをオン!
「私が言うから、愛理は大人しくしててね。絶対に大きな声とか出さないで、わかった?」
「うん、わかったよ」
それじゃ、始める。
深呼吸をし、ドアに右手を添えた。
コンッ コンッ コンッ
「花子さん 花子さん 花子さん」
────────シーン
やっぱり、何も無い。そりゃそうだよね、あるわけが無い。
「はぁ、帰ろうか。やっぱり何も無い」
帰ろうと踵を返すと、何故か愛理と繋がれている手が引っ張られた。
「ね、ねぇ。スマホに変なイタズラなんて……してない……よね?」
「え、なんで? そんなことするんわけが──……」
スマホを見ると、なぜが画面が真っ暗。え、壊れた? そんなことないと思うんだけど……。
スマホを持って確認すると、いきなり画面から白い手が伸びてきて──……
「「きゃぁぁあああああ!!!!」」
咄嗟にスマホを投げ飛ばすと、画面から出てきた白い手は消えた。良かったけど…………今のはなに? なんで、白い手が私のスマホから…………。
「梨花、今のって…………」
「わかんない、何が起きてるの――……」
困惑の声を上げた時、トイレいっぱいに響く幼い声が鼓膜を揺らした。
『はーぁーいー』
この声、返事。もしかして、今のが、花子さん?
『ふふっ、そうだよぉ?』
真後ろから声!?
咄嗟に振り向くと、愛理に覆いかぶさるように一人の女の子が立っていた。
おかっぱの髪に、赤いワンピース。耳まで裂けているように見える口元に、私を楽しげに見ている赤黒い瞳。
あれが、トイレの花子さん?
『なーぁーにぃ??』
「あ、あぁ…………」
「梨花ちゃん…………助けて…………」
喉が締まり声を出す事が出来ない。続きを言わないと。でも。何て言えばいいんだっけ、なんう言えば。あ、そうだ、思い出した。
「い、い、っしょに、あ、そびましょ?」
何とか声を絞り出し、花子さんにに言い放つ。すると、甲高い笑い声がトイレに響き渡った。
『キャハハハハハハハハ!!! 良いよ良いよ!! 遊ぼ!! 遊ぼ!! 何して遊ぶ?? 何がいい?」
肩を掴まれ動くことが出来ない愛理、私の手を離さず、ずっと握っている。私も離さないように握る。
『キャハハハハハ!!! わかった!! なら、”体探し”をしようよ』
「か、体、探し?」
『そう、でもまず、探す体からどうにかしないとねぇ』
頭を悩ませる花子さん、次に何を言いだすのかわからない。というか、体探しなんて、何を言いだすんだ。確実に無理だろう。だって、探すからだなんてないんだから……。
『あ、そうだ。ここにあるじゃん、ちょうどいいか・ら・だ』
言うと、花子さんは肩を掴んでいた愛理を見下ろす。
この時、私達は察した。この後に起こりうること。
「梨花!! 助けっ――……」
咄嗟に私へと叫ぶ愛理。でも、私の体はそんな彼女の言葉など、聞き入れなかった。
――――バチッ
愛理が私に助けを求めた瞬間、手が勝手に動いてしまった。
先程まで繋がれていた手が離れ、愛理は花子さんに完全に捕まる。涙を浮かべ、私に手を伸ばすが、その手を繋ぐことが出来ない。
私は愛理の声や、伸ばされる手から逃げるようにトイレから飛び出した。その瞬間、甲高い声と共に、耳が痛くなるほどの悲痛の叫びが廊下いっぱいに響き渡る。
痛い、痛いと叫ぶこの声。トイレで何が起きているのか容易く想像出来た。
違う、私はこんなはずじゃなかった。こんなことをしたかったわけじゃない。違う、違う!!
耳を塞ぎ、廊下を走り入ってきたトイレに。
窓はまだ開いている、今ならまだまにあっ――……
――――バンッ
「―――――え」
出ようとした瞬間、何故か窓が閉められた。
「なん、で…………」
後から、ひんやりとした空気が流れ込む。この感覚、視線。振り向きたくない、見たくない。
『キャハハハ。逃がさないよ?』
後ろを向くと、そこには変わり果てた友人を引きずっている、赤く染まった花子さんの姿。
こんな、はずじゃなかった。私はただ、信じていなかっただけ。今まで見た事がなかったから、感じた事がなかったから。
噂が嘘だと、花子さんなどいる訳がないと。周りの人に言って、私は――……
『ふふふふっ、さぁ、遊びましょ?』
私は、信じられなかっただけなのに。
いいわけが頭の中を巡り止まらない。そんなことをしても意味は無いのに、逃げなければならないのに。
動けない私に近づき、花子さんは手を伸ばした。
『さぁ、遊びましょ?』
ただ、信じられなかっただけなのに………… 桜桃 @sakurannbo
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