角煮まんを譲ったら

卯野ましろ

角煮まんを譲ったら

 ああ、もう売っていないかなぁ……。


 高校の昼休み、遠塚とおづかひとみ(以下、ひとちゃん)は急いでいる。今、ひとちゃんが目指しているのは購買部だ。先生から頼まれた用事を済ませ、軽めに作られた弁当を食べ終えたひとちゃんは、やっと購買部へと早歩き(校則は、きちんと守る)で向かうことができた。


 着いた!

 どうか残っていますように……!


 購買部に到着したひとちゃんが探しているものは、ただひとつ。それは角煮まんだ。たまにしか売っていない角煮まん。豚の角煮が大好物であるひとちゃんは、角煮まんが販売される本日を楽しみにしていた。


 あ!

 あった!

 良かった……。


 ひとちゃんは購買部に着いて、すぐに角煮まんを見つけた。しかも残っているのは、一個だけ。目をキラキラさせながら、ひとちゃんは角煮まんに手を伸ばした。


「あっ」

「え?」


 ひとちゃんの手が角煮まんに触れそうになったそのとき、声が聞こえてきた。


 もしかして……!


 ひとちゃんが、パッと振り向いた先にいたのは……。


「あ……」

「と、遠塚さん……」


 ひとちゃんのクラスメートである男子だった。彼と目が合った瞬間、ひとちゃんは思った。ああ、やっちゃった……と。

 そして、ひとちゃんは決心した。


「あっ、あーやだやだ私ったら! あっちのスフレ買うんだった~! ごめんなさいっ! 私、つい間違えちゃった! ごめんなさいごめんなさいっ!」

「え……」


 まくし立てられてポカンとする男子に構わず、ひとちゃんは耳を真っ赤にしながらスフレのある場所へ移動した。そして素早くスフレを手に取り、ササッと支払いを済ませた。会計を担当した女性もまた、ひとちゃんの勢いに驚いていた。こんな上品そうな美少女に、一体何があったのだろうか……と不思議に思っていた。




「……はぁ……」


 逃げるように購買部を出たひとちゃんは、ため息を吐いた。そして考え事をしながら、教室へと足を進める。


 わざとらしい言い方だったよね……。

 かえって気を遣わせちゃったかも……。

 あー、どうしようどうしようどうしよう。

 ちゃんと買ったよね……?

 もう仕方ない……。

 たまたま今日は縁がなかったって、自分自身にいいわけしよう。

 誰も悪くない……私以外は。


「ひとみ」

「きゃっ!」


 ひとちゃんは頭の中がいっぱいいっぱいだったため、いきなり名前を呼ばれて驚いてしまった。


「……?」

「ごめん、びっくりした?」

優士やさし……」


 ひとちゃんを呼び止めたのは優士であった。近岡ちかおか優士。彼は、ひとちゃんの恋人である。


「やっと会えた……。これあげるよ」

「へ?」


 優士は、ひとちゃんに紙袋を差し出した。ひとちゃんが戸惑っていると「開けて」と優士は言った。すると、ひとちゃんは「うん」と返事をして紙袋を開いた。


「あっ……」


 紙袋に入っていたのは角煮まんだった。目を丸くしているひとちゃんを見て、優士は「やっぱりな」と笑った。


「四時間目が終わった後……ひとみが先生に呼ばれているのを見て、危惧したんだ。だから、おれ買っといたんだ。大正解だったよ」

「そうだったんだ……」

「あんなに楽しみにしていたのに、それに良いことをしたのに食べられないなんて、かわいそう過ぎるから……」

「……ありがとう……」


 ひとちゃんはあまりにも嬉しくて泣きそうになったが、化粧が崩れるのを恐れて堪えた。ちなみに今日、ひとちゃんの化粧のりは最高に良かった。やはり楽しみがあると、肌も好調なのかもしれない。


「そうだ。さっき私、スフレ買ったの。優士、チーズケーキ好きだからあげるね」

「え、でもそれ……ひとみが食べようと」

「……あー……。他に買うものが思い付かなかったから、スフレにしたの。優士にあげようと思って」

「ひとみ……」


 顔を赤らめるひとちゃんを見て、優士はひとちゃんの手を握った。手に温もりを感じ、ひとちゃんは自分より背の高い大好きな人を見上げた。


「優士?」

「まだ昼休み終わらないから、二人で食べようか」


 大好きな柔らかい笑顔を見て、ひとちゃんは静かに頷いた。そして二人は手を繋いで、どこかへ行ってしまった。




 一方そのころ。


「……遠塚さんってさ」

「うん」

「やっぱ良いよな……」

「ああ、かわいい……」

「そんでもって、やっしーはイケメン」

「負ける気しかしねぇ」

「あー! 何してんだよオレは! 何で、あのときサラッと譲れなかったんだ!」

「それが、やっしーとお前の違いだよ。まあ良いだろ。お前がポンコツだったおかげで、あの二人すげぇ良い感じになったんだからさ」

「くそっ。こうなりゃヤケ食いだ!」

「食え食え。それを今はオレが見てやるけど、いつかは彼女に見てもらえよ」

「くっ……。あんなにかわいい彼女、オレも欲しいぜっ!」

「以下同文」

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