終わらせたくないから……

ゆりえる

いいわけと思われても……

 大学のサークル仲間達と皆で会っている時には、こんな事は無かった。

 会うのは大抵、夕刻以降だったから、飲んで食べて、少し適当なくらいで丁度いいような会話しかしてなかった。

 だから、誰がどんな人柄とかって、誰もそこまで注意深く認識してなかったはずだった。

 

 何度かそんな飲み会が続いているうちに、反田そりた愛実あいみと、俺、谷下しげるが二人っきりで会うような流れになっていた。


 問題は、それからだった。

 

 サークル仲間で会う時と違って、二人でデートするようになると、待ち合わせ時間は、必然的に朝早い時間帯が多くなった。


 そこで、現れて来たのが、俺の遅刻癖……


 付き合い出した頃は、遅刻しても、いつも笑って許してくれていた愛実。

 ところが、『仏の顔も三度まで』などということわざが有るように、毎度の如く遅刻していては、いくら温厚な性格の愛実とはいえ、いい加減その表情にかげりを帯び出した。


 時には、俺の遅刻が原因で、その日一日の計画がオジャンになったりもしたからだ。


「成君、また遅刻なの? こないだ、もう絶対遅刻しないって言ってたのに……」


「ごめんごめん、ちょっと夜更かしし過ぎて寝坊してしまった」


 寝る前に、つい少しだけのつもりで始めたゲーム。

 少しだけという時間感覚が、俺の場合、人と違っているらしい。

 気付くと、空が明るくなっている事も有った。


 悪い習慣だと分かりつつも、ゲームには中毒性が有って、その適度に切り上げるって事が、俺には不可能だった。

 例え、愛実と両天秤にかけたって、そこは譲れない。

 

「もう、待たされるの飽きちゃったよ! 成君に内緒にしていたけど、私、前嶋先輩から最近、口説かれているの。私がずっと前嶋先輩のファンだって事、成君も知っているでしょう?」


「ええっ? 前嶋先輩が今さら何だよ~! 愛実は俺と付き合っているんだから、そんなのもちろん断るだろ?」


「それなんだけど、どうしようかな~? 成君は、毎度デートに遅刻するってくらい、私の事なんて適当にあしらっている感じだし……いつだって、こんなんだと、考えてしまうよ」


 何だよ、それっ!

 たかが遅刻くらいで、こんな責められて。

 しかも、前嶋先輩の誘いを受けるかも知れないような脅し文句まで言い出すし……


「俺だって、わざと遅刻しているわけじゃないからな! ただ、寝坊したり、その他にも、朝は寝起きで頭がボーッとして、なかなか体が思うように動いてくれないし……」


「私だって、同じだよ~! その分、しっかり早起きしたり、やりたい事も我慢したり、これでも、頑張って、遅れないように努力しているんだから! 今度、成君が遅刻したら、もう後は無いからね!」


 同じとかって、有り得ねーよ!

 だって、俺は……


 好きで、こんななっているわけじゃない!

 俺は定型の人達とは違って、発達障害という前頭前野のワーキングメモリーが少ない状態で生まれたんだから、しゃーないじゃん!

 急がなくてはならない時に限って、いつもはそんなでも無い事が妙に興味を引いて来て、誘惑だらけになっちまう!

 その誘惑をいちいち振り払うだけでも、気付くと、かなり時間が経ってしまうんだ。


 ……なんて事を愛実にカミングアウトしたら、愛実はどう思う?


 それなら、今まで遅刻していたのも納得って、理解を示してくれるだろうか?

 それとも、こんな制御不能な発達障害者なんかとは付き合いたくないって、フラれてしまうだろうか?


 俺は、絶対に愛実を失いたくない!


 面倒な大学だって、愛実がいるから、いつだって眠くて体もだるくてしんどいけど、毎朝起きて通えているんだ!

 愛実のあの明るい笑顔が、俺の一日における全ての原動力なんだ!


 だから、このいいわけだけは出来ない!


 取り敢えず、これからは、遅刻厳禁だ!


 寝る前のゲームだって、我慢するんだ!

 このまま愛実と付き合い続ける為に!


 

 音楽が聴こえる……

 ペールギュントの『朝』……?

 

 6時……


 よし、ちゃんと起きれた!

 これで大丈夫だ!

 こんなに早起き出来たんだから、テキパキと用意して……


「信じられない! 前回、ああ言ったのに、どうしてまた遅刻するの?」


 遅刻ったって、たった15分だ!

 今までの30分以上の遅刻に比べたら、まだ可愛いもんなのに!


 誘惑を振り払うべく早起き出来た俺は、もう大丈夫と、すっかり油断していた。

 そして、今日のデートの事を考えて、ついマインドフルネスになってしまった。


 元々、要領の悪い俺は、心が浮き立つと、いつも慣れている手順すら、何からどう進めていいか分かんなくなる。

 寝起きのボケボケ頭が覚醒して、脳が活発に動いてくれるのは助かるけど、せっかく動いてくれているのに、その脳は、やるべき事に向けられない。

 この後の楽しそうな状態をずっと想像しまくって、脳だけが多動になって、やるべき準備が全く手に着かなくなるんだ。


 気付いたら、待ち合わせ時間ギリギリになっていて、支度も適当に切り上げて、慌てて家を出て、駅までダッシュした。


「もうっ、ホントに信じられない~! 急いで行かないと、チケットに長蛇の列が出来てしまうよ!」


 あっ、そうだ……

 チケット代って、財布に有ったかな?

 どっかで、お金下ろさないとならないか……?


 あれっ……!?

 ウソだろ~!


 財布が無いじゃん!!


 そうか、大学用のカバンに入れたままだった!


「愛実、ゴメン、財布忘れた! 悪いけど、貸してくれないか? 取りに帰る時間がもったいないだろ?」


「えっ、また財布忘れたの? もう、どうして、成君はいつもそうなの?」


 また……って。

 そりゃあ、ついこの前も忘れていたけど……


 愛実と付き合うようになってからは、それまでと違って急に忙しくなったから、今まで、普通に出来ていた事が出来なくなってしまったり、つい抜けてしまう事も多くなってしまっていた。

 

 しゃーないだろ……


 俺のワーキングメモリーの容量は少な過ぎるから、何かに使ってしまうと、その分、他の何かがおろそかになってしまう事になるんだ……


 けど、それは言いたくても、言ったら俺らはおしまいになっちまうような気がして、言えない。


「ごめん、今度こそ、絶対に忘れないし遅れないから……」


「絶対に……って、成君の絶対は、他の人の絶対の意味と全然違っている! もう、沢山だよ! こんな、デートの度に、私がガマンする状態から始まって、次は何だろうって、ハラハラさせられてばかりなんて! もういいよ、分かったから! 成君にとって、私は、この程度なんでしょう?」


 愛実の中で、何かが切れてしまった!


 いや、違う!

 俺と愛実を繋いでいた何かが切れたんだ!


 愛実は俺に背を向けて、元来た道に戻ろうとした。


 これが、最後なのか……?


 愛実は、前嶋先輩を選ぼうとしている……


 それは、ダメだ!!


 例え、見苦しいいいわけだと思われても、もう、見栄も体裁も関係無い!

 今、愛実を引き留めて、話しておかないと!


 嫌われるかも知れないけど……


 このまま愛実を永遠に失うよりは、もしかしたら、分かってくれるかも知れない可能性に賭けたいんだ!


「愛実、待てよ! 話したい事が有る!」


「もう、成君のいいわけなんか聞きたくない……」


 愛実は背を向けたままだったが、歩くのは止めた。


「愛実には隠していたけど、実は、俺、発達障害者だから、他の人が普通に出来る事が出来なくても仕方が無いんだ!」


「……私、薄々気付いていたよ。成君がそうなんじゃないかって。成君が、いつ話してくれるか、待っていた。でも、今、それをいいわけにするなんて、ただの甘えだよ」


 やっぱり、愛実には、分かってもらえないんだ……

 発達障害さえも、『甘え』なんて言葉で片付けられて……


「定型の人には、俺の苦しみは理解出来ないよ!」


「分かるよ! 私にだって!」


 やっと俺の方に振り返ったが、視点はうつろな状態で彷徨さまよっている愛実。


「えっ?」


「私だって、発達障害者だから! ADHDとASDの二つの特性を併せ持っているから、むしろ、私の方が成君より複雑よ! 軌道を踏み外して好きな事をしたい自分と、規則正しく自制して冒険をしたくない気持ちが、自分の心の中で常に葛藤している状態なの!」


 まさか、愛実も発達障害者だったとは……

 しかも、ADHDの自分なんかよりも、ASDが加わる事によって厄介な特性を持っていたとは……


「だから、成君の気持ちがよく分かるよ。でも、私は、成君と一緒に楽しい時間を過ごしたかったから、頑張って、自分で何とかコントロールする術を少しずつ身に付けているの! 私だって、こうして努力しているんだから、成君だって、その気になれば、少しずつ改善出来ると思う!」


 そうか……

 愛実も発達障害者だけど、俺の為に克服しようと努力していたんだ。

 それなのに、俺ばかり、その状態に甘えてしまっていたとは……恥ずかしい。


「愛実にだけ努力させるわけにはいかないから、これからは、俺も俺なりに頑張る事にする!」


「うん……話してくれて、ありがとう! 一緒に頑張ろうね!」


 自分だけが大変なわけじゃない。

 愛実も頑張っているんだと思えたら、俺にだって出来そうな気がしてきた!


 

 そして、その翌週の待ち合わせ時刻。

 遅れたのは、なんと、愛実の方だった!


「ごめんね~! 成君に話したら、なんかスッキリして、少し気が抜けてしまったみたいで! 気を付けるね!」


「いいよ。今まで、俺が待たせた時間の1/10にも満たないんだし」


 その時、はにかんだような表情の愛実から提案が有った。


「あのね、どっちも待たないで済む名案が有るんだけど……どうかな?」


 こうして、俺達は一緒に住むようになった。


 待たされる事だけは無くなったが、これはこれで、また発達障害者同士の特性のぶつかり合う、波乱万丈の生活の始まりだった。


 それでも、二人で暮らす事で、一足す一は、決して二ではないんだって事を何度となく思い知らされた。

 その度に、こんな二人が出逢えた事自体が運命だったって感じられて、心がカーッと熱くなった。


 まだまだこの先だって、襲い掛かる困難は数知れないだろうけど……

 そんな思い通りにならない毎日の連続だとしても、愛実と二人なら大丈夫!

 二人でいれば、どんな困難でも乗り越えていけるに違いない!



              【 完 】

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終わらせたくないから…… ゆりえる @yurieru

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