空を見た

@rabbit090

空を見た

 死にたい衝動と、叫び出したい絶望が、今の私の中には存在している。

 「今日は何時ごろになるの?」

 こんなセリフ、結婚した当時は口にすることさえためらわれただろうし、そもそもそんなことは口にするつもりさえなかったのだと思う。

 しかし、状況は変わってしまった。

 「………。」

 無言で部屋を出ていく夫は、いつも煩わしそうに私を見ている。

 その度に、えぐられるように心の中が、腐っていって、どうしようもなくなって、苦しくて、誰にこれをぶつけてやろうかだなんて、考えることさえする気力が起きなかった、はずなのに。

 

 毎日昼前になると、パチンコにはいつものバイクが集まり、それを見て私は、「ああ、今日も常連が来てるなあ。」と感慨を覚えるものである。

 私は人間で、生きているからそんなことを思うのだし、そんなことは分かってるのだし、でもまたここへ、やってくる。

 別にさ、私はパチンコがしたいわけじゃないの、私は。

 ぼうっと足を滑らして、ザリザリザリと音を立てながら小学生が集まる公園の中でただぼんやりと、本を読む、昼飯を食う、何もしない。

 傍から見れば、何だ成人したいい大人が、何をやっているんだと思われても仕方がないけれど、私には、今の私にはこれしかない、これしか生きるすべがない。

 帰っても、私が存在する理由のない居場所があるだけで、いや、それを最早居場所と呼んでいいのかどうかさえ分からないのだけれど、とにかく。

 精一杯口の中を湿らして、はあはあと息を乱しながらも海沿いを歩く。


 「ここにしよう。」

 「え?ちょっと利便性が悪いよ、もっと町中がいい。」

 私は口を尖らせた。

 しかし夫は譲らなかった、割と強情な人で決めたら覆さないという柔軟性のかける部分があり、しかし私ははそういう部分が好きで、といっても最早全部、彼がやることなら受け入れてしまえる程には、酔っていた。

 「分かった、分かった。」と彼は言うが全く、そんなことはどうでもいいことのように流れて行ってしまった。

 不満など何もなかった、ただ。私はただ一人突っ立っているしかなく、手持無沙汰で苦しく、私わたしって思っていることがもうそもそも嫌で、爆発寸前になっていて、彼に言ってしまった。

 「ふざけないでよ、そうやっていつも外で人と会って、なら結婚しなければ良かったじゃない。」

 それまでにしていた仕事も辞め、私はとにかく伏せるしかなかった。

 本当に、絶望的に苦しくて、苦しくて、どうしようもなくて。

 パソコンとか、触っているのすらもう嫌になっていて、でも、でも。

 気が付いたらもう彼はいなくなっていて、私は一人になっていて、どれだけ頑張っても報われないのだという、典型的な言葉を、いつものように放っていた。

 そもそも、私には家族がいない、一人もいない。誰も、救ってくれる人なんかいない、だからだろうか、気持はずっと夫の方を向いてしまっていて、それが分かっているのにどうしようもなくて、辛くて、だから、もう死んでしまおうかと今こうやって、海辺を歩いている。

 考えたのだ、死ぬなら、別に誰が悪いってわけじゃないのに、私はなぜか、なぜか誰かが敵であるかのような錯覚を覚えていて、もうそうだ。誰にも見せないという気持ちだけを持っていればよかったのに、私は。

 私が口にしていることはもう、なんていうか辞世の句であるような、絶望をはらむ言葉ばかりになっていて、だから夫にはもう会えないのだった。

 今日もそんなことばかりを考えながら、結局また家へ帰り着く、しかしたまに、本当にたまに、基本的に彼は私が寝ている時にしか家に帰って来ず、すれ違っても顔すら見ようとしない。

 その瞬間に感じる鳥肌は、言葉では言い表せない。

 

 真紀子は、私の話をよく聞いてくれている。

 愚痴っても、笑って受けれてくれる、なぜだろう。

 「ねえ、ちゃんと聞いてる?聞いてるよ。」

 「え?」

 「聞いてるよって言うんでしょ?でも聞いてない、いつも顔に書いてあるよ。興味ないって。」

 そう言ってしまったら、真紀子は黙って俯いた。

 そして、そのちょっと後に分かれてから、しばらく誰とも会っていない。

 もちろん、家族はいないから、本当の一人、一人ぼっち。

 それを呪うにはだれかを恨まなくてはいけないんだけれど、あいにく私は、誰かに恨まれることはあっても、恨むことは無い。

 究極の不器用さが、私を社会から排斥するに足る理由として存在するというのなら、もうそれでもいい。

 格好つけたセリフなんて吐けないの、私は、いつも真っ暗闇の中を呆然としていることしかできず、なぜ、なぜ何も、何もしていないなんてことは無いし、満足の焦点は他人に求めないということも決めたし、そうだ、高校を卒業した時のような絶望を、なぜ今感じなくてはならないのか、とさえ思ってしまう。

 誰でもいいの、もう誰でもいいの。

 私を抱きしめてくれるのなら、誰でも、誰でもいいの。


 こうやって、一日の終わりを創作に費やして終える。

 しかし、そうすればそうする程、何かに足りない自分に気付いてしまう。

 結婚もしたのよ?あと何が、あと何があれば、私は普通になれるのだろう。

 それとも、そもそも普通だなんて、あきらめてしまえばいいのだろうか、とさえ思う。

 何も手にすることができない、そんな絶望を今日も抱いている。

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