第3話 「史上最高の『アンラッキーセブン』」
最初の不運は、こいつだ。
……ぽて。
くそ、鳩のフン。毎年3月7日には最低2回は落とされるんだよ……。
まあいい。ユイのいるコンビニまで走って3分。急がなきゃ!
おれの住むコーポには鉄製の階段がついている。ここ、かならず足を滑らせておちるんだよ。
気を付けて、気を付けて、ゆっくり急いで……。
「どぅわああああ!」
どんがらがっしゃん!
信じらんねー、階段ごと落ちた。
しかし後ろも見ずに突っ走る!
途中に砂利を敷いた駐車場がある。ここも例年、危険ポイントなんだよな。
どしゃっ! 犬の糞を踏んだ!
びしっ! 車がはねた砂利が尻に刺さる!
どばばばば! まさか!? 無音で走り出す超高性能トラクターに追いかけられてるううう!?
おれはそのまま、大通りまでマッハで走った。なにしろ、50センチうしろでは、じいさんが運転するトラクターが追いかけてきてるからね……トラクター、早え……。
息が上がる。それでも大通りの向こうに、コンビニが見えた。
駐車場にも店舗にも人があふれているのが見える……ユイはどこだ?
ユイ……ユイ……いた!!
ユイは犬を連れたおばさんと食パンの袋を奪い合っていた。
「……あいつ、パンきらいじゃん……」
おれは信号を待ちながらつぶやいた。
そう、今日のおれは世界中の不運を引き受けている。
信号はもちろん待つ。点滅信号でも待つ……待っていても、油断はできない……。
「ちょ、幼稚園バス!? いやこれ、むりむりむり!!」
いきなり歩道へ突っ込んできたミニバスをよけるために、電信柱によじのぼる。
バスのガラス越しに、運転手が必死で車を立て直しているのが見えた。
……なんとか車はスピードを落とし、車道に戻った。子供たちは大よろこびだけど……アトラクションじゃないからね?
ゆっくりと手を上げて青信号を渡り、コンビニに着いた。
人をかきわけてユイを捕まえる。
「ユイ! もう心配はいらない……」
「ロク! なに言ってんの? 電車の事故に沈没に火山、ミサイルよ!?
あと15分でみんな死ぬのよ! ロクのところにパンをもっていって、『やっぱり大好き!』っていうんだから!」
「だから、なんで食パン……? いや、大丈夫だから。スマホ、みてみろよ」
ユイはスマホを見た。
「……うそ……ミサイル……故障で発射しなかった?」
するとユイと食パンを奪い合っていたおばさんも、自分のスマホを見て、
「ソラリの暴動も止まったみたい」
「小島からでた人骨はプラスチック製の教材用だって。不法投棄だ」
「火山噴火……マグマの動きがゆるやかに」
「2年後の小惑星衝突は、計算しなおしたら2000年後ですって」
「インドの橋、落ちた人はほぼ助かった」
「イタリアの客船も救出が……」
おれはホッとして、ユイにいった。
「なあ、おれは自分がやるべきことを誤解していたよ。
ヘンなふうにすねたりぐずったりしないで、やるべきことをひとつずつやれば、いいんだ。
だからやっぱりもう一度、『おれはユイが好きだ』っていうよ」
「……なんかよくわからないけど、それって再プロポーズみたいなもの?」
「まあ、そういう事にしておこうか」
ふふ、とユイは笑った。
そして食パンの袋を止めていたアルミのリングをとって、さしだした。
「今日はこれで勘弁してあげる。次はちゃんと2カラットのダイヤをちょうだいね?」
「……いや、2カラットはデカすぎる……って、これ、指に入るか? 小さいぞ」
「大丈夫、あたし左の薬指はサイズ6なのよ……
えっ、きっちりすぎて抜けない。そんな運の悪いことが……」
その瞬間、おれはひらめいた。
「……ユイ、おまえひょっとして、妊娠してないか……?」
「ちょっと! なんでこんなところで、こんなことを言い出すのよ!?
バカじゃない、デリカシーがないんだから……あれ?……そうかも……?」
……我が家は代々、『世界中の不運』を引き受ける。それで世界を救うんだ。
おれのおやじも、おれも、おれの子どもも……。
今年の3月7日。
おれは生涯最高の『アンラッキーセブン』をすごした。
まだ変化のないユイの体を見て思う。
こいつ、将来きっとインドの橋をドライブして、アイスランドとフィリピンとハワイの山に登るな……。
『史上最高の『アンラッキーセブン』』
2023年3月15日
【KAC20236】「おれ史上最高の『アンラッキーセブン』」 水ぎわ @matsuko0421
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