第52話 勝手に育つ


 レグリスさんと別れ、エバンスに言われたとおりに修練場である庭に戻ると使用人たち十数人が慌てた様子で僕の捜索をしているところだった。

 特に僕の専属メイドであるシェリカが服が汚れるのも構わずに地面に這いつくばり、泣きそうになりながら草の根をかき分けてでも見つけようとしている姿には本気で申し訳ない気持ちになった。


 戻ったことを伝える為に急いでシェリカに駆け寄り彼女を立たせようと手を差し出す。それを見た彼女は一瞬呆けていたが、一つ息をついた後に手で顔を隠すように覆いながら反対の手で僕の手を取って立ち上がる。


「心配かけてごめんなさい」

「ご無事でよかったです。執事長がすでに仰ったかもしれませんが、今後は移動する際にはお声がけいただくようお願い申し上げます。切に」

「うん、わかった」


 そう言うシェリカはまだ顔を隠しており声も若干震えていた。

 今のところはこれ以上のお叱りは無さそうだと判断し彼女から一度離れ、他の使用人達にも一人一人に謝罪して通常業務に戻っていいと伝えた。


「おかえりラトゥ、一体どこに行ってたの?」


 使用人全員に声を掛け終わりシェリカの元へ戻ろうとしたところでキゼルに声を掛けられる。

 その表情はこちらをからかう様なもので、僕が居なくなった程度で騒いでいたのがおかしかったのかもしれない。

 そりゃあ、無断で魔物の住む森に何日と潜る彼女からしたらこの位で騒ぎすぎだと感じているのだろう。


「ちょっと門が騒がしかったからさ、つい気になって様子を見に行っちゃったんだよね」

「へぇ~ここから聞こえたの?雷属性で音を拾って?」

「そうそう」

「すごいね!森での索敵でも役立ちそう!」

「キゼルもそう思う?いつかの為に普段から意識してるんだよね」


 キゼルと軽い調子で会話をしていくうちに先程までの沈んだ気持ちも少しずつ軽くなってくる。

 今回の事は僕の気遣いが不足していたせいで起こった明確な僕の失敗だ。その事実に正直凹んでいたので彼女の対応には感謝しかない。


 シェリカも落ち着きを取り戻し平常運転に戻ったようで、少し遠くでこちらを見ていた。

 僕と目が合うと一礼して屋敷へと戻っていく。きっと途中で抜けさせてしまった仕事を片付けに行くのだろう。


「そうだ!さっき燃えない“火球かきゅう”を試してた時にいつもより魔力の消費量を抑えられたんだけど、ラトゥに意見を聞いてもいい?」

「え、凄いね!勿論いいよ!」

「ありがとう!」


 キゼルの後に続いて庭に置いてある食事用のテーブルへと向かう。そこに備え付けてある椅子に向かい合うように座ると、キゼルは右手の手の平を体の前に出し集中するように目を閉じる。


「“生体内図解せいたいないずかい”」


 キゼルの身体にどんな変化が起こるのか見落とさないように血統技能を発動し、正面から彼女の全身を捉えながら特に右手に意識を向ける。


「“火球かきゅう”」


 キゼルが呟くように技能を使用し、右手に魔力が集まり実体化していく。

 血統技能を通して診ている僕の目には彼女の右手を染めていた緑色がどんどん薄れていくのがわかった。

 だが、それだけだ。いつも通りに見えるそれに特段変わった様子は見られない。


「ふぅ……うん!上手くいった!」


 キゼルの方は手ごたえがあったらしく、出来上がった“火球かきゅう”をしきりに触って確認している。

 僕も改めてじっくり確認してみるが、何も変化を感じ取れないという事実を確認するだけだ。


「どうかなラトゥ!何かわかる?」

「うーん……ごめんキゼル、僕の血統技能じゃ違いが分からないみたい」


 力になれないのは不甲斐なく感じるが適当なことを言うわけにもいかない、正直に何もわからないと告げるとキゼルは少ししょんぼりした様子を見せた。


「そっか~、残念だけどしょうがないか」

「父上なら何か分かるかもしれないけど、相変わらず助言は貰えてないの?」

「だね。手合わせの為の時間は作って下さるんだけど、技能に関しては自分で感覚を掴ませたいみたい」


 寄家修練きかしゅうれんが始まってから一週間と数日。その間父上は往診や事務作業の合間で不定期的にキゼルとの手合わせの時間を作っては割と激しめにやり合っている。

 そのたびに立ち回りや技能のより有効な使い方については丁寧に助言をしているようなのだが、なぜか技能の習得方法に関しては完全に口を噤んでいる。


「じゃあ今回もきっと教えてくれないか」

「まぁ、アタシがこの感覚を上手く言葉に出来てないしね~。せめて口で説明できないと」

「感覚、ね。前と違うってことははっきりわかるの?」

「それはね!このまま弓も引けると思うよ!前は絶対無理だった!」


 そう言いながら椅子から立ち上がりテーブルの周りを軽快に走り始めた。

 その表情に無理した様子は見られず、本当に今までよりかなり楽になっているのだろう。

 あとは実感できる大きな進歩があって嬉しいのもあるかもしれない。


「何度も繰り返すと慣れるのかもね」

「それなら前気にしてたこともいつか問題なくなるかもね」

「ん?何か言ってたっけ?」

「ほら、“火球かきゅう”でもきついのに“火蔦かちょう”を使って立ってられるか分からないって弱音を吐いてたよ」

「あ!確かに言ってた!でもこの調子ならいざ“火蔦かちょう”を使うってなっても平気かも!」


 そりゃそうだ、いくら強い技能を使えてもキゼル本人が戦えない事には彼女本来の強みが活きない。

 彼女のメインウェポンは弓矢で、最大火力も敵の弱点への精密射撃。技能はそれを補佐する、あるいは味方をサポートするように使われていた。

 高火力の技能も当然使えるが、それはあくまで選択肢を増やすためのもので必ず戦略に組み込んでいた訳では無い。


「アタシ“火蔦かちょう”を使えるようになったら弓矢との組み合わせで試したいことがあるんだよね~」


 やっぱりキゼルはあくまで弓矢で戦うのが好きなんだろうな。


「「……んん??」」


 ふと、僕とキゼルの怪訝な声が重なる。

 気のせいか、キゼルが生み出して今は椅子の上で浮いている“火球かきゅう”が大きくなっている。


「えっと、キゼルが魔力足したの?」

「し、してないしてない!っていうかラトゥも大きくなってると思う!?なにこれ!?」


 最初キゼルの片手で掴めるほどだった“火球かきゅう”は、僕達がテーブルの周りではしゃいでいるうちに両手で持たなければならないほどに成長していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病弱モブ、前世転じて愛を生す。 鳥居幾人 @ikutorii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ