第51話 握手の代わりの羽替えは悪手
「坊ちゃま、次から修練中に私の目に届かないところに行く際は一声お掛け下さい。よろしいですか?」
いつまでも門でお客様を待たせるわけにはいかないだろうと思い、応接間にレグリスさんを案内しようと屋敷に目を向けた僕は、振り返ってすぐ目の前に居た執事長のエバンスに叱られてしまった。
「わ、わかりました」
「くっくっく、ラキールに聞いてたよりずいぶんやんちゃじゃないか」
レグリスさんの用事は、僕に専属使用人のリストを渡して終わりではなく、カルヘルバック家当主である父上と直接話す内容もあるらしい。
そのことは僕が門に来る前に門番の一人が執事長であるエバンスに伝えに行っていたらしく、それを修練場で聞いたエバンスは対応するために一度席を外すことを僕に一声掛けようとした。
しかしその時には僕が門へと移動していたので修練場に姿は無く、大慌てで捜索するよう使用人たちに指示を出していたせいで参上するのが遅れてしまったのだ。
「迅速にご対応することが出来ず大変失礼致しました、ボニアキ様」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「構わない。ラトゥも気にしないでいいよ、むしろ少し抜けてるくらいが可愛げがあるさ」
当然、その遅れで一番迷惑を被るのは客人であるレグリスさんなのだからエバンスと僕は揃って謝罪し、門番二人も跪いて頭を下げる。
しかし当の本人は朗らかに笑って僕らを許してくれた。
その後はレグリスさんを応接間に案内する為エバンスが付添う旨と、僕は修練場に戻って絶賛僕を捜索中の皆に事情を説明するように言われた。
心配をかけてしまった手前、謝ることに否やは無いがいささか気が重い。深呼吸でもして切り替えようと胸に手を当てる。
「そうだレグリスさん、一つ伺ってもよろしいですか?」
上着越しに触れた感触に気が付き、懐にしまっていたものを思い出す。
ついでに確認してみようと思い、問題の先送りも兼ねて屋敷に向けて歩き出したレグリスさんに声を掛ける。
「ん?なんだい?あ、もしかして君のお兄さんの学園生活についてかな?」
そう返事をしつつ振り返ったレグリスさんは相変わらず笑っていた。
しかし先程の朗らかな雰囲気の笑みと違い少し意地の悪さを滲ませている気がする、よほどからかいがいのあるラキール兄さんの話題でもあるのだろうか?
気にはなるもののその件は次回に取っておこう。
「それはまたの機会にお願いいたします、今は皆を鎮める必要があるので。こちらに向かう前に落ちてきたこの羽なのですが、私の懐に納めてしまっても問題ないでしょうか?」
情けなさが顔に出てしまったのか、僕の顔を見たレグリスさんは苦笑しながら肩をすくめてみせる。
だが続いた僕の言葉を聞き、取り出した羽を見た彼の肩はほんのわずかに硬直し、表情を変えることはないものの糸のように細めていた目をひっそりと開いて視線を合わせてきた。
「どうして僕に聞くんだい?装飾にするつもりなら
「え?見たことが無い?」
黒と白の取り合わせが美しいこの羽は確かに希少なものだろう。けれどあまり見たことが無いっていうのは腑に落ちない。
この羽は
「本日一緒にいらした方のものだと思ったのですが、レグリスさんに見覚えがないというのなら私の勘違いでしたか」
ゲームでも名前と姿、役職が一致しないように描かれており、それらが繋がるのは最終決戦の時。
そんな人物が落とした羽を、拾ったとはいえ僕ごときが持っていては何か問題になる気がするのだが、考え過ぎだったか。持ってていいのならこれで何かアクセサリーでも作ってもらうかな。
「……あぁ!よく見たら確かにアイツの羽だ!あまりに貧相で一瞬分からなかったよ、悪いけどこんなに出来の悪い羽を上位貴族のご子息に渡すわけにはいかないね」
あ、アイツ?しかも貧相って、いくら羽一枚とは言え仮にも
まあ、レグリスさんも上位貴族だし実はすごく仲がいいとかなのかな。
「よっと、この羽と交換してくれないか?」
「へ?あ、はいどうぞ」
「ありがとう、これからもよろしくっていうお近づきの印ってことで」
いつの間にか背中の翼からとても立派な羽を引き抜いていたレグリスさんと羽を交換し、そのまま満足げに頷くと待機していたエバンスに視線を送り屋敷へと歩き出した。
──────────
「エバンス、だったかな?」
「はっ」
応接間へと続く廊下を執事の後ろについて歩く。
静かに声を掛ければ、案内役のエバンスは短く返事をし足を止めてこちらを振り向く。
気にせず歩け、と手振りで伝えると一度礼をして再び先導し始める。
「ラトゥは面白いな、ラキールと違って」
くつくつと笑いながらそう口にする。しかし執事は否定も肯定も出来ずに無言を貫いた。
「あぁ、ラキールが優秀だってことは知ってるし悪感情があるわけじゃない。ただ兄と比べて……いや、比べられないから面白いと感じた」
「はい、お二人ともに変わらぬ忠誠を捧げさせていただいております」
「お前はそうかもな」
まるでこのカルヘルバック家が割れるとでも思っているかのような言い方に、流石の執事も足を止め険しい顔をする。
こちらの歩みは止めずに追い越して正面に立ち、成人にしては低いこの身長から相手を見上げるように顔を覗き込む。
「
「家にはしない。ラトゥにする」
獲物を定めた僕の瞳に何を見たのか、獰猛な魔物にでも射貫かれたように執事は無意識に喉を鳴らした。
「動くのも僕個人としてだ」
スキップでもしそうなほど気分が高揚しているのを感じる。
が、戦場に立った時とも難しい役目に身を投じている時とも違う。
正体不明のこの高ぶりはラトゥから羽について尋ねられてからずっとだ。本来他種族は筆頭護衛のあのお方の事は知らないはず、姿を見たことがあってもその役職とは結び付かないように秘匿されている。
だから最初はあの羽を何でもない、それこそ魔物や動物のものだとしてさも気にしていないように答えたのだが、その時の彼の顔は『何言ってんだコイツ?』だった。
つまりラトゥは羽の持ち主が
そして、その行動は正解だった。
あの羽をそれとして理解しているのならラトゥごときが持つべきものではない、とてつもなく価値のあるものだから。
代わりに自分の羽を差し出すことになったが、気に入ったしこれからよろしくするのもやぶさかじゃないから気にしていない。
「でもさすがに抜け過ぎだ、可愛げがあるとかじゃなくてただ弱点を晒してるだけだしな。腹芸はこれから覚えさせて……いや、
それはなんとか他で補填するとして、彼がこれからどんなことを考え付くか、どんな行動をするのか。そして、あの年でどれほどの事を知っているのか。
「あぁ、楽しみだ。もしかしたら君こそが僕達をこの息苦しさから解放する者なのかもしれないね」
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