七福神

ナツメ

七福神

 書肆しょし憂月堂ゆうげつどうは毎年この日、休みである。店主の憂子ゆうこは季節外れの七福神巡りに出る。

 店にほど近い福禄寿から、布袋尊、弁財天、大黒天に参って、甘味処で一休みをしている。白玉を口に運びながら、憂子はふと幼い頃のことを思い出した。

 妹の月子つきこと一緒に白玉あんみつを食べていた。月子はいの一番に白玉を食べ尽くし、もっと食べたいと泣きわめく。「月ちゃん、お姉ちゃんの分お食べ」と自分の白玉を全部やってしまい、寒天と豆ばかりのを食べた記憶がある。

 昔から憂子は月子に甘い。五つばかり下の妹は気弱な自分と違い天真爛漫で、眩しかった。婚約者を亡くした時はひどく憔悴したが、近頃はもう殆ど以前のように闊達かつたつとしている。だが、働くでも嫁に行くでもなく、日がな一日帳場に坐っているか、或いはふらりと散歩に行くのは如何なものか。憂子は独り身で子もなく、いつまでも月子の面倒を見られない。もし自分が死んだら――などと考えては、どろりとした不安が胸の奥底に溜まる。

 底に溜まった蜜の最後の一さじを食べ、憂子は店を後にした。


 七福神巡りは今年で七回目だが、その実一度も完遂できたことがない。毘沙門天、寿老人までは参拝し、最後に恵比寿神社に向かうのだが何故だか毎年辿り着かない。理由はほんの些細なことだ。日射病で倒れかけたり、電柱の工事で道が塞がれていたり。

 今年こそお参りできるかしら、と思いながら憂子は歩を進める。カラ、カラと下駄の音が湿った空気を揺らしている。

 やっと鳥居が見えたとき、

「お義姉ねえさん」

 と声がした。

 憂子は振り返る。

「ご無沙汰しています」

 背の高い男が白い菊の花束を抱えている。

「お参りですか。私も毎年来ていたのですが、お会いしませんでしたね」

 でも今日会えて良かった。そう言う男の白い顔を見て、憂子は、幽霊だ――と思った。


「今年は月子さんの七回忌ですから」


 男は、月子の死んだ婚約者の顔をしている。

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七福神 ナツメ @frogfrogfrosch

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