第3話 8歳の誕生日

「…噓つき」

「噓つき、噓つき!!」

どこにつながっているかもわからない薄気味悪い雑木林の草を小さな手でかき分けながらずんずんと進んで行く。

「…今日は今日は僕の誕生日だから遊園地一緒に行こうねって……」

「夜は僕の大好きなハンバーグを食べて…大きなチョコのケーキ食べて…」

「あれ、ここどこ?」

気が付くと先程まで感情任せに進んでいた雑木林もなく、目の前には大きくて古い病院がポツンと建っていた。

「…これってあの噂の」

この建物の存在を聞いたことがある。何十年も前に廃墟になって今でも死者がさまよっているとか、あの世へ連れていかれるとか、未来と過去の入り口があるとか。

「…お父さん」

そう言った瞬間建物の中で何かが動いた気がした。

「お父さん、そこにいるの?」

僕は何かに誘われるように建物の中に足を踏み入れた。

中は不思議な空間だった。今は夏。炎天下で蒸し暑い日の中を先程まで歩いてきた。

はずだった。セミだって僕の心をかき乱すようにうるさく鳴いていた。

なのだが、建物の中に入ると不思議なことに中は無音で僕の足音だけが響く。

そして何より不気味なのはここはとても寒い。

まるで冬だ。先程までかいていた汗はすぐに冷えてしまった。

…へくっし!!

突然の気温の変化に体が適応出来るわけがない。

たらりと鼻から透明の液体が垂れる。

「…寒…」

すると病院の奥の方から足音が聞こえてきた。

病院は薄暗く廊下の奥まではよく見えない。

カツン…カツンー

何かがこっちに来る。

さっきまで正気を失っていた僕は突然自分に身の危険が迫っていることにようやく気づく。

でも、気づいたころにはもう、自分の身体は動かなかった。

その時初めて恐怖を感じた。

怖い…。

近づいてくる何かの靴が暗闇からひょっこりと現れると同時に恐怖で思わず目をつぶる。

真っ暗な世界に僕の心臓のバクバク音だけが響く。

怖い怖い怖い怖いこわっつ…

布のようなものが僕の身体を包み込んだ。

「わっつ……」

予想外の出来事に驚き思わず瞼を開く。

かすかに光が差し込み、ぼやけた視界の中に誰かがいた。

「だ…れ?」

そこにはショートヘアーの可愛らしいお姉さんがいた。

高校生のような洋服を着ているが僕が知っているような高校生ではない。

メイクはナチュラルで他の高校生とは次元が違うほど目の前にいたお姉さんは美しかった。

「ごめん!びっくりしちゃった?あれ…おーい」

フリーズしている僕の顔を覗き込み大丈夫?と彼女が微笑むのを見て思わずその場に倒れこんでしまった。

「わっ!!」

いや、倒れこむはずだったがその前に彼女が僕の身体を支えてくれたのでそうはならなかった。

「本当に大丈夫?少し休もうか」

「あの…」

ようやくしゃべることが出来た僕を見て安心したように彼女の頬が和らぐ。

「お姉さん…あのえと」

「ん?」

「お姉さんは、て…」

「て?」

「て…天使ですか?」

「はい??!」

予想外の言葉に彼女はズッコケそうになった。漫画のような彼女の動きに僕は思わず笑った。

「え、とででも、幽霊ではない…ですよね」

「…どうだろ。」

くすりと悪ガキのように君は笑う。

「…普通の高校生には見えない?」

「うん、見えない…だって、お姉さん」

「ん?」

「お姉さんすごっく綺麗だし」

本心だった。今まで綺麗な女性は沢山いた。でも違う意味でモデルとか周りの高校生とはどこか違う。化粧もそうだがそれだけではなかった。

いい意味で言ったつもりが何故か彼女は少しだけ悲しい顔をした。

僕はその顔を見逃さなかった。

「そっか…。ふふっお姉さんそんなに綺麗?」

また彼女は微笑んだ。でもこれは本当の笑顔じゃないのだろう。

「…ねえ、僕ねお父さん探してるの。お姉さん知らない?」

「あ…。そうなのそのこと伝えたくてさ、伝言預かってきたの」

「伝言…?」

「君のお父さんがね、ごめんって誤ってたよ。あ、あとこれほら」

「なあに?これ…」

お守りだった。青くて金色の糸で桜のような模様の刺繡がしてある。

「お父さんがこのお守りにはいって君を見守ってるって」

「…本当?」

「うん。本当!!だからっ…」

彼女がそう言うのと同時に風が吹き、思わず目をつぶる。そして突然蝉の声が聞こえ始めたと思ったら、そこに病院はなく、ただ雑木林の前で呆然と突っ立てるだけだった。

「あれ、お姉さん…あっ。」

右手に何か握っている感じがして手を開いてみると

そこには、青色のお守りが握られていた。

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拝啓、明日死ぬ僕と明日生まれる君へ 琥珀とう @kohakutoo09

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