アンラッキーセブンのその先で
透峰 零
白球は空に溶ける
誰かにとってのラッキーセブンは、誰かにとってのアンラッキーセブンだ。
それが、たまたま今回は自分達だったというだけで。
◆◇◆◇
四対一で迎えた七回裏。ツーアウト走者なし。クリーンアップの三番四番を抑え、最後の五番を打ち取ればほぼ勝ちは確定。
これに勝てば甲子園に行けるという、高校二年生の夏のことだった。
視線の先には広がる扇と真っ青な空、そしてこちらを無言で見つめる相棒の姿。
今日はストレートの調子が良いが、そろそろ変えた方が良い。五番も目が慣れてきたのか、ファールではあるが前に飛ばすようになってきた。
マスクの先で、相棒がサインに頷く。
そういえば、あいつってば一度も俺に対して首を振ったことがないよなぁ、と。その時ふと気がついた。信頼されているとしたら、それは素直に嬉しい。
出会ったのは去年で、その時の彼はベンチにも入れてはいなかった。正直、名門と言われるこの高校になぜ入れたのか不思議なくらいだったが、この一年でメキメキと成長し、今では三年生を押し退けてエースピッチャーの座に君臨している。
彼の球を捕りたいと切望するようになったのはいつ頃だったか、実のところ覚えていない。ただ、俺としても振るい落とされないように必死でこのポジションを守ったことだけは本当だ。
才能なんて陳腐な言葉で片付けられないくらい彼が努力していたのを知っていたから。
俺も、一緒に甲子園に行きたかった。
大きく振りかぶられた腕から白球が放たれる。
――いつもより少し浮いてる
と、思った時には澄んだ音が青空に響いていた。
二遊間を綺麗に抜けたセンター前ヒットの二塁打。
そこから、一気に流れが変わった。
続く六番は内野ゴロだったが足が速く、三塁手のエラーも手伝って出塁。まだ大丈夫だ、と伝えるもマウンドに立つ彼の顔は強張ったままだ。
嫌な予感が当たり、制球力に欠けたボールを相手に見切られフォアボール。満塁になれば守りやすいとは言うものの、自分の背後を気にする彼の顔は歪んで泣きそうに見えた。
あと一人、あと一人。
そう考えて出したミットにボールは入らなかった。八番打者が力いっぱい振ったバットに攫われた白球がフェンスを越える。
走者一掃逆転ホームラン。
ラッキーセブンに沸く相手ベンチの歓声を、きっと俺は――俺たちは一生忘れないだろう。
何がラッキーセブンだ。
そんなもの、相手にとってはアンラッキーでしかないのに。
◆◇◆◇
そして三年生になった今、俺はまったく同じ状況を別の視点から見ている。
四対一で迎えた七回裏。ツーアウトから一気に満塁。
投手の顔は、去年の誰かと同じように歪んでいた。捕手の方はどうかと言えば、フェイスガードが邪魔でよく見えない。
まぁ、俺だって去年の自分の表情なんて知らないからどうだって良いのだが。
ネクストバッターサークルから見守る俺の前で、去年肩を震わせて先輩に謝っていた相棒がフォアボールで出塁する。
チラリと振り返った顔には、何かを期待するような、共犯者の笑みが浮かんでいた。
彼が俺と同じことを思い出していたのだとすれば、望むものも自然とわかる。
とんだプレッシャーだったが、浮かんだのは不思議と笑いだった。
向き合った相手投手の表情に何か感じなかったわけではない。
去年の七回に、扇の要から散々見てきた顔だ。
でも俺たちは誰かのラッキーを踏み締めてでも前に進みたくて仕方ない。
だから。
――俺は今からアンラッキーセブンを作るのだ。
アンラッキーセブンのその先で 透峰 零 @rei_T
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます