8/7の幸運
今福シノ
3番のりば、7時34分発の急行
俺は毎朝、戦っている。
何の戦いか? そんなの決まってる。電車の座席に座るための戦いだ。
制服が少し汗ばむのも気にせず、早歩きでホームへ。俺の定位置、5両目、2つ目のドアが停まる場所にはほとんど人が並んでいなかった。今日は運がいい。
『3番のりば、電車が――』
アナウンスが聞こえる。同時に俺を含め列に並んだ人たちがそわそわし始める。
ほどなくして、電車がホームにすべりこんでくる。だんだんと遅くなるスピード。それに反比例して俺の鼓動は速くなる。
そして……ドアが開く。間髪を入れずに、人がなだれ込む。
俺が目指すのは、入ってすぐの7人掛けの座席。まずは一番手前……よし、座れそ
「ふんっ!」
が、隣からオバサンのタックルを食らって逃してしまう。仕方ない、その隣の座席へ……ってもうサラリーマンが座ってしまってる。
どうしよう。いや、とりあえず空いてる席へ――あった!
「ふう」
結局、俺は7人掛けの中央の席に座ることができた。真ん中は窮屈で少しイヤなんだけど、今日はよしとしよう。
「あ」
なんて思っていると、杖をついた老人が乗ってくるのが見える。キョロキョロと見回しているけど、座席は当然埋まっている。
……ええい!
「どうそ」
「ああ、すまんねえ」
俺は席を立ち、老人が会釈して席に収まる。
目の前には、座れていたはずの7人分の座席。あーあ、アンラッキーがあったとはいえ、今日の戦いは負けかあ――
「優しいね、きみ」
肩を落とし、降りるまでどうやって過ごそうか考えていると、隣から澄んだ声。
見れば、同じ制服に身を包んだ美人がほほ笑みかけていた。
「この時間、なかなか座れないよね」
「あ、えっと」
人生で美人に声をかけられることなんてなかったので硬直してしまう。えっと、こういうときはまず名前を訊いた方がいいのか?
まあいいか。降りる駅まではまだ長い。
とりあえずは、勝利の女神とでも呼ぶことにしよう。
8/7の幸運 今福シノ @Shinoimafuku
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