六花牢国喰らう炎獄の七人目の守護精霊

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

六花牢国喰らう炎獄の七人目の守護精霊

 この国は楽園だと、人は言う。

 雪と氷に覆われたこの国の厳しい地形、それそのものが天然の要塞であり、外から来る悪いものをしりぞけていると。

 国の六方にある聖域で眠る六人の守護精霊が、雪と氷で人々を守り、祝福を与えているのだと。


「冗談じゃねえや」


 少年は吐き捨てるように言った。


 少年は知っている。

 この雪の結界の外にこそ、本当の「世界」があることを。

 守護精霊は、それを管理する聖職者たちは、この国の人間を閉じ込めて、飼い慣らしているだけなんだと。


 少年は目を前に向けた。

 吹雪の中、石造りの禁足地、旧時代の遺物とおぼしき建築様式。

 少年を取り囲むように、精霊の守護を得た聖なる兵士たち。


 少年は、不敵に笑った。


「ああ、全部喰らい尽くしてやる。

 こんな国も、六人の精霊も、全部ぶちのめして、かりそめの幸福なんて打ち砕いてやるよ」


 兵士の撃ち出す魔導が迫る。

 その一瞬前、少年の体表に、赤い閃光が渦巻くように走った。

 時間感覚がずれたように、少年の叫びが、詠唱が、響き渡った。


「祝福せよ守護精霊!! なんじの偉容を顕現させよ!!

 導き手たる我が名はキバ!!

 そして汝は、隠された『七人目』の精霊、炎獄の守護精霊!!

 その名は――アギィタ!!」


 圧縮時間の解放。

 水底みなそこ深くで押し縮められたガス溜まりが、一気に水面に引き出されて膨張するように、魔導の流れが吹き荒れて兵士たちの魔導をかき乱した。


「――キバ。わたしの力、あまり長く使うとよくない、よ?」


 幼い少女の声。


 兵士たちは見た。

 取るに足らぬ少年。六人の守護精霊のいずれの加護も受けられない、呪われた少年。だったはず。

 脅威になどなるはずのない存在、それに寄り添う、守護精霊、らしきもの。


 らしきもの、という表現が、正しいかは分からない。

 ここにいる兵士たちの誰も、守護精霊をその目で見たことなどないから。

 そして、少年に寄り添うは。


「なんだ、そいつは……!

 そんな、禍々しいものが、守護精霊なわけがない……!」


 それは、腐肉で形成されたイバラと表現するのが近かった。

 どくどくと脈打ちながら少年に寄り添い、その肉の端々で、焼けた炭のように赤い火が内燃する。

 口らしき器官がぱっくりと開き、


 少年の口角が、にやりと上がり。


 炎。の、塊。

 防御態勢をかろうじて取った兵士の集団を、燃える弾丸と化した少年がまるごと押し飛ばす。

 貫く。精霊の加護による防御障壁を、炎獄の守護精霊アギィタの攻勢加護、不幸をもたらす反転祝福が、打ち崩してゆく。


 突き抜けながら、少年――キバは快哉かいさいした。


「ざまぁみろ! てめぇらが独占してた『幸運』を、ゴリッと消し飛ばしてやったぜ!」


「キバ、あんまり、力を使うと、キバの幸運も、燃えちゃう、よ?」


「燃える幸運なんてねぇよ!」


 火の粉を散らし、冷えた石畳に着地しながら、キバは歯をむいた。


「この国の『幸運』の総量は決まってんだろ。それを六人の精霊とひと握りの人間が独占してた。

 俺一人が持ってる幸運なんてたかが知れてら。いっそ俺ごとこいつら全部焼き飛ばした方が、貧乏人まで均等に行き渡っていいんじゃねぇか?」


「それは、いやだ、よ」


 腐肉のイバラ、七人目の守護精霊、炎獄のアギィタは、吹雪にかき消されそうなか細い声で、つぶやいた。


「キバが、燃えちゃった、ら。初めてできた、友達、だから」


「ハハッ」


 キバは快活に笑った。


「俺も初めてだ、友達なんて。

 だからさ、アギィタ。おまえは燃やして不幸にするだけじゃないんだ。

 おまえと出会えて、俺は幸運だって、そう思うぜ」


 アギィタは、口をつぐんだ。

 体表に透ける炎の赤が、心なしかちらちらと強まった。


 キバは正面を、残る兵士たちを、その向こうの吹雪の奥を強くにらんだ。


「さぁ、そんじゃいっちょ、不幸のどん底を叩いてみようぜ。

 この国の六人の守護精霊をぶっ倒して、世界に風穴開けて、その向こうに待ってるのが幸福か絶望か、確かめてみようじゃねぇか」


 六花牢国りっかろうごくカザハナ。

 六人の守護精霊に守られた、雪と氷と幸福の国。

 それを喰らうは、さげすまれ隠された七人目の守護精霊と、その加護を受ける呪われた少年。

 国を揺るがす戦いは、今はまず小さく、幕を開けた。

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