7にまつわる7つの小話
二枚貝
7にまつわる7つの小話
少しだけ話をさせてね。僕の大切な故郷の話。そして君の故郷でもあって、僕たちが出会った場所でもある、この村の話。
7という数字が大好きで大嫌いな、七幸村の、思い出話さ。
※※※※
ひとつ、この村では数字の7が尊ばれ、皆がそれにあやかろうとする。
地主の姓は七村、村にある池の数は大小あわせてちょうど7つ、村を流れる川も7本、村内の地区も7つに別れ、村の歴史を記す石碑は7つあり、村の中央を貫く県道までも77号線……これはさすがに偶然だろうけど。
ふたつ、7を尊ぶこの村だけれど、産まれた子に「なな」にまつわる名をつけることは、基本的には許されない。
村では産まれた子には、いち、に、さんと順に数字を割り当て、名にしてしまう。たとえば僕の母親の名はいち子、父親は四郎。
そういうわけで、この村で「なな」を名に持つことができるのは、地主の七村家を別にすれば、7番目に産まれた子しかいない。この少子化のご時世、結構なハードルの高さだよね。
みっつ、 この村では、7は人ならざるものだけが持つ数字だと言われて、だから七村の一族と七番目に生まれて「なな」を名に持つ子は、尊敬と崇拝半分、畏れ半分に扱われている。
聖なる者のように言われる時もあれば、人外のように言われることもある。村人たちは、7を持つ者には用もないのに近づくことは、けしてない。
よっつ、この小さな村に住む人たちは誰もが血縁関係にあり、皆同じ姓を持っている。
だからこの村には、七村と
いつつ、どうして村では7が尊ばれ、神聖視されるのか。
それは古い言い伝えで、村を守る神様が、7という数字を好んだからだと言われている。
むっつ、地主の七村一族は、村の神主のような役割も果たしている。
とはいえ彼らはハレの場にやってくることはなくて、もっぱら葬儀の時にしか顔を出さない。だから村人の中には、七村は六の次、死者に六文銭を持たせると七村の人間がやってくる……と、言う者もいる。
ななつ、昔から村には水害が多かった。7つある川と池も、水の豊かな土地といえば聞こえもいいけれど、水害と隣り合わせの暮らしが続いてきたことの証だ。実際、何度となく氾濫しては田畑も人家も呑み込んだって。
村ではたびたび贄を出した。七村の一族が先導し、志津目の一族から誰かしらが選ばれた。
ある時、長雨の続く年があった。七村家が音頭を取り、贄を選び神に捧げたが、それでも雨はおさまらず、水は溢れ続けた。贄が足りない、と七村家は言い、ふたり目、三人目と贄が選ばれた。結局雨が止むまで贄は選ばれ続け、七人目でようやく終止符が打たれた。
すべてが終わった後、村人たちは七村家へ押し掛けた。どうして贄が七人も必要だった、お前たちの力不足が原因じゃないのか、今まで一人の贄で神は満足されていたのに。
もともと村人たちは、七村家がけして自分たちの中から贄を出さないことをよく思っていなかった。だから村人たちは、七村一族をひとり残らず捕まえて、血祭りに上げ、こう言質を取った。
――神は7番目の贄をお気に召した。7という数がお好きなのだ。よってこれからは、7にまつわる名を持つ未婚の者だけを贄に捧げよう――。
――志津目の家は血縁同士だ、これを全部でひとつの家と考える。志津目に一年のうちに生まれた子には、いち、に、さんと名をつけてゆく決まりにしよう。当然、7番目に生まれた子には、7にまつわる名をつけるのだ――。
これで解決すると思うかい? 贄選びに揉めることはなくなったって。もちろんそんなわけがない。村人、志津目たちはいつまで経っても自分たちが出した贄のことを忘れなかった。その悔しさと悲しさを、七村に味わわせてやろうと思ったんだね。
それから何度も、志津目のなかに7番目に生まれた子、7を名に持つ子は現れた。でも、全員、殺されたという。誰が殺したか? それは志津目たちさ。志津目に7を名に持つ者がないなら、有事の際の贄は、七村から出すしかなくなるからね。
ばかみたいな話だと思うだろうね。でも、ここまでが、前置き。
もう何十年も、村には7番目の子が生まれなかった。この国には戦争もあったし、昔みたいに子供をたくさん作らなくても、滅多に死なないようになったのもある。今なんて少子化のご時世だから、一年に七人も子供が生まれるなんて、こんな小さな村ではまずあり得ない。
でも、十五年前、その7番目の子が生まれた。運が悪かったんだね、ちょうどその年、多胎児を出産した妊婦がふたりもいたんだ。不妊治療をしていると双子だの三つ子だのが生まれやすくなるらしいけれど……まあ、それはどうでもいい。
さっきも話したけれど、志津目に7番目の子が生まれたら、それは殺されるのが通例だった。でも、僕は生きているよね。七村のご当主がすんでのところで僕を助け出して、七村の屋敷に引き取ったから、こうして死に損なったってわけだよ。
うん、僕は別に、ご当主に感謝はしていない。だって僕が引き取られたのは、ねえ。打算あってのことだよもちろん。七村しらの、当主様の一人娘の君は、僕が死んだら唯一の贄候補になっちゃうんだから。
志津目の人間たちは、僕のことを隙あらば狙ってきたけれど、本気ではなかった。こんな山奥の僻地にだってネットが繋がるこの時代に、贄が必要になることなんてないだろうって、まあたかを括っていたんだろうね。
でも、ほら、君も知っている通り。ここ数年の異常気象とか、山の開発とかがあって、何が原因かは分からないけれど、年々川の水量が増えている。そこへ来て先月の記録的大雨だ、害はなかったけれど、川の一部は氾濫して水浸しになった。
贄が必要だって、誰かが思い出しちゃったんだね。
ごめんね、話が長くなって。もう終わる、終わらせるよ、しらの。
今夜、七村の屋敷に志津目の大人たちが集まって、当主様たちと話し合いをしているね。来週にもまた大雨になる、それも先月よりも被害が出ると、予報で言われている。贄を出すか――というより、僕としらののどちらを出すか、当主様に迫っているんだろうね。
僕は死にたくないし、僕の大好きなしらのにも死んでほしくない。だから、僕たち以外の皆に、死んでもらうことにした。
七村の屋敷は頑丈だよね。昔志津目の人たちに押し入られた時の教訓で、外から入れないように頑丈に造ってある。だからさ、入り口さえ外から閉じちゃえば、内側からは開けられないし、しかも他に出られる場所がない。
そろそろ母屋にも火が移っているころじゃないかなあ。当主様が準備の良い方で良かったよ、冬用のガソリンの備蓄が蔵にたっぷりあったから、僕が用意する手間がはぶけた。あと、七村の屋敷とは別に、志津目の家がある集落にも火をかけてある。あの辺は空き家も多いからね、発火装置を起きっぱなしにしておけるのはすごく助かった。
見えるかな、向こうの空が、何となく明るい気がしない? きっとあれが僕らの故郷、七幸村を燃やす炎、そして僕らを繋ぎ止める枷をすべて焼き払う、救いの炎の光だよ。
7にまつわる7つの小話 二枚貝 @ShijimiH
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