第19話 デジャヴュ
コロンコロロロン。
いつものようにベルが鳴る。
退院してからも、私は何度もこの店に通った。
ここへくるたびに、忘れているなにかを思いだしそうな、そんな気がするけれど、結局、なにも思い出せないままだった。
あれから丸一年――。
また、暑い夏がやってきた。
私たちは高校三年になり、互いに将来に備えて奮闘中だった。
今年の夏休みの課題は、早めに済ませてしまおうと、オーちゃんとカナちゃんと私の三人で、それぞれの家に持ち回りで出かけては、作業をしている。
今日は、私の家に二人が来る番だった。
駅まで迎えに来たついでに、二人にもこのお店を見せたくて、連れ立ってきた。
「すごーい! なに? このランプ!」
「へぇ、珍しいねぇ、こんな大きいの」
両手に荷物を抱え、二人は口々に言いながら、まるで体当たりをするようにドアを開けた。
バーンと大きな音を立て、ベルが忙しなくカラコロと鳴るのを聞いた瞬間、前にも同じことがあった気がして私は一瞬、立ちすくんだ。
「中、涼しい~! コイちゃん早くおいでよ~」
オーちゃんの呼ぶ声に、私はハッと我に返り、店内に入った。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ……あれ? 今日はお友だちが一緒なんですか?」
「はい。うちに帰る前に冷たいものでも飲んで行こうと思って」
友だち……。
その言葉が、すんなりと口に出るくらい、私たちはこの一年で、なんでも話せる仲になった。
いつもと同じように、窓際のカウンターに座ろうと思ったのに、今日は窓際にカップルが腰を下ろしている。
キッチン側のカウンターは、一番端にいつものOLさんが。
カップルの邪魔をするのは悪いような気がして、私はオーちゃんとカナちゃんの背を押して、キッチン側の入り口に近い席に座った。
「課題さ~、このままでいくと早く終わるよね?」
「うん、多分、うちのクラスで一番早く終わると思うよ」
「そしたら、一日くらい遊びに行けるかな? 花火大会とか」
「行きたいー!」
口をそろえて三人で言うと、互いに顔を見合わせて笑った。この数カ月は三人とも本当に忙しかった。
受験のことを考えると、遊んでいる余裕はないのだけれど、それでもせめて二日、三日くらいは遊びたい。
どこに行こう、なにをしようと話しているときは本当に楽しい。
「そうだ……あのねぇ、私さ、あれから何度か投稿してるでしょ」
「あぁ、マンガ!」
「実はね、一つが佳作に入ったの」
オーちゃんの突然の告白に、私もカナちゃんも驚いて大きな声を上げてしまった。
ハッとして周囲を見ると、マスターがうつむいて笑いをかみ殺している。OLさんは、まるで気にしていない様子で、雑誌に視線を落としている。
カップルのほうは、席を立ったところだ。
「ヤバイヤバイ、私たち、ちょっとうるさくし過ぎちゃったかも」
私の後ろを通り過ぎたカップルに、オーちゃんとカナちゃんはちょこんと頭を下げている。
男性のほうが優しそうな笑顔で会釈をすると、先にお店を出た。女性のほうは、お会計をしている。
(どこかで見たことがある気がするな……)
思い出そうとしても、これもなにも浮かんでこない。
「でも良かったね、オーちゃん」
カナちゃんが小さめの声で、オーちゃんに話しかけたのが耳に届いた。
うん、ホント。ホントに嬉しい。
「良かったねー! おめでとう!」
たった今、騒がないように気をつけていたところなのに、つい声のトーンが高くなった。
私の声に、店を出ようとしていた女性が、驚いた表情で振り返った。
(しまった……うるさいって思われちゃったかも……)
苦笑いで会釈をすると、女性は優しそうな笑顔で、ぺこりと頭を下げ、今度こそ本当に店を後にした。
「マスター、窓際の席に移ってもいいですか?」
「どうぞ」
断ってから二人を誘って、窓際のカウンターに並んで座った。
「ここからだと、あのランプが良く見えるでしょ?」
「ホントだね。真ん中の電球が月みたい。っていうか、お昼なのに凄く光ってみえるね」
「とかなんとかいって、ホントはコイちゃん、ここでオノくんが来るのを待ってるんじゃないの~?」
オーちゃんがからかうように言った言葉に、違うとは言いきれない自分がいて、私はきっと真っ赤になっている。
そんなんじゃないよーだ、とソッポを向いてランプを見た。
ランプがゆっくりと瞬き、それがまるで、良かったね、と言っているように見え、私は思わず
「ありがとう」
と言った。
~2nd 完~
月灯-2nd 釜瑪秋摩 @flyingaway24
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