第18話 夏の花
朝、目を覚ました瞬間、なにが起きたのかすぐに理解ができなかった。
身動きがほとんど取れないし、視線の先には、チューブと白い包帯をグルグルに巻かれた足。
それが自分のものだとわかるまで、数十分かかった。
目を覚ましたことで、そばにいたお母さんは泣き出し、ベッドの周りはあっという間に先生や看護婦さんに囲まれた。
あちこちを打っているせいでいろいろと検査をされたらしく、体の無事は確認されていた。怪我も、足の骨折だけで済んだらしい。
トラックにひかれたといっても、曲がるためにスピードが落ちていたこと、自転車があったお陰で飛ばされたことが幸いだったと言われた。
もしもタイヤに巻き込まれたり、引き込まれていたりしたら、怪我くらいでは済まなかったと。
「あと二晩、ここで様子をみて、問題がなければ部屋を移しましょう」
先生はそう言った。
やっと置かれた状況を飲みこんで、周りを見る余裕もできた。
今はICUとかいうところにいるらしい。足の先には、あの喫茶店と同じでガラス張りの窓がある。
雰囲気は、まったく違うけれど……。
そう思って、私はなんて変なことを考えているんだろうと、一人で笑ってしまった。
つと横に視線を移すと、スチール台の上に花が飾ってある。
「ひまわりだ……」
私の呟きに、看護婦さんが反応した。
「これねぇ、毎日、持ってきてくれる子がいるのよ。それから、こっちの百合の花。これは別の子たちから」
「毎日?」
「そうよ。男の子のほうが先だったわね。女の子たちは、何日か後からだったけど」
「……そうですか」
男の子というのは、きっとオノくんだろう。目の前で事故を起こされて、変な義務感にでも駆られているんだろうか?
全然オノくんには関係ないんだから、気にする必要はないと言ってあげよう。
女の子のほうは、オーちゃんとカナちゃんだと思う。わざわざ来てくれたんだ、そう思うと嬉しくなった。
「きっと今日も、そろそろくるんじゃないかしら?」
「えっ……それは困る……こんなとこ見られるのは嫌かも」
「意識が戻ったのがわかれば、みんな安心するのに?」
看護婦さんは笑ってから、私の顏をみると、真面目な表情で私に言った。
「ここは中に通せるのは身内だけだから、心配しなくても大丈夫よ。気になるなら、今日も受付で帰って貰おうか?」
せっかく来てもらっているのに、それもなんだか冷たい気がする。
でも……。
やっぱりこんな姿は晒したくない。私は黙ってうなずいた。
「わかった。じゃあ、そうしようね。それにしても……いいお友だちをもってるのね」
「友だち……」
「普通はね、会えもしないのに、こんなに毎日はなかなか来ないものよ」
看護婦さんはそういうと、次の患者さんのところへ行ってしまった。
もう一度、飾られた花を見た。小ぶりのひまわりと、もう一つは百合の花束だ。
またみんなと顔を合わせることができるのを、心から嬉しいと思う。
気づいたら、涙があふれて止まらなかった。
数日後、個室に移ってから、やっとみんなとゆっくり話しをした。
オーちゃんとカナちゃんは、私がお礼を言うと意外な言葉を返してきた。
「そりゃあ心配だもん。これくらいは当たり前でしょ、友だちなんだからさ」
はにかんだような笑顔からは、昔の友だちとは違う印象を受ける。
大切な、本当に大事な存在をそう呼びたいと思ったと、二人は揃って同じことを言う。私も同じ気持ちだった。
これまでの頑なだった思いが、ほぐれていくのを感じた。
そのあと、二人と入れ違いにやってきたのはオノくんで、最初はなにを話したらいいのかわからず、沈黙が流れた。
なにかをたくさん話したような気がするけれど、思い出せずにジレンマを感じる。
先に口を開いたのは私で、あのときの事故はオノくんが気にする必要なんてないんだから、こんなにお見舞いにもきてくれなくてもいい、そう話した。
「おまえバカじゃん? 別に責任を感じて来てるワケじゃねーし。気になるから……心配だから来てるに決まってるだろ」
呆れたような表情で、オノくんはそう言った。
「ホントに鈍いヤツだな……ひまわりの花言葉くらい、自分で調べろよな。明日は部活があるから遅くなるけど、また来るから」
真っ赤な顔でプリプリと怒って出て行ったオノくんの背中を見送ってから、私は携帯を出した。
(ひまわり……花言葉……)
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