第17話 朧月夜

 月は淡い雲をベールのように着こんでいて、その輪郭がぼやけて見えている。

 オノくんの後ろでぼんやり上を見あげていると、なぁ、とオノくんが声をかけてきた。


「おまえ、カズミになんかしたのか?」

「カズちゃん……? 別になにもしてないし」

「もしかして、おまえ、いじめられてる?」


 そんなことを聞かれ、ドキリとした。

 よくあるイジメではない、と思っているけれど、他の人にはいじめられているように映っているんだろうか?


「そんなことはない、と思ってるし、今はもう関わることもないから、別になにを言われても平気」

「ふーん、そっか」

「オノくんこそ、彼女いるくせに、こんな風に二人乗りしてたら、なに言われるかわかんないよ」


 言いながらなぜか凹んだ。オノくんの彼女がカズちゃんだと思うと、もうこんなふうに話すことはなくなるだろう。


「いねーし、そんなもん」

「え? だってカズちゃんは?」

「あいつ彼氏いんじゃん。どーせなんかつまらないケンカでもして、適当に目についた俺んとこにでもきたんだろ」


 まったく迷惑な話しだっての。と、オノくんはぶっきらぼうに言った。


「大体、おまえら揃って昔から余計なことばっかするよな。マジにめんどくせぇ」

「……ごめん」


 いつだか、クラスの子たちに押されて抱きついてしまったことを言われているんだろう。

 それだけじゃない。掃除のごみ捨てだなんだと、みんなが私とオノくんをくっつけようとしていた。

 私のせいじゃない、とは言いきれない。うっかりカズちゃんに、自分の気持ちを言ってしまったからいけなかったんだ。


「誰にでも自分のペースってあるだろ? おまえに言っても仕方ないんだけどさ。自由にやらせろ、って俺は思う」

「うん……」

「全然、話しもできなくなったってのに、おまえ、誰も行かないような高校に行くしさ」

「だって、私だってめんどくさかったんだもん。嫌だったし……」

「まぁ、俺も地元校に行く気はなかったから、わからなくはないけどな」


 そうだ。オノくんの学校も、私と同じ駅にある。

 これまで学校の近くで顔を合わせたことはないけれど。


 街灯の少ない住宅地を、オノくんの自転車は坂道も私を乗せたままで進む。

 決して軽くはない私を乗せたままで、良くこんな坂を登っていけるよ……ひょっとすると、夢なのかも?

 とよぎった疑問を、頭を振って払った。


 夢でもなんでも、こうして話していられることが、とても嬉しかったから。

 頭の上で、朧月がほのかな明かりを放っている。

 そのあとは、なにも話さないまま、私の家の前に着いた。


「それじゃあな、また明日」


 私を下ろすと、オノくんはそう言って自転車をこぎ出した。


「また……明日……?」


 もう夏休みだから、学校へ行くことはない。バイトと塾はあるから、駅の方へは向かうけれど……。

 明日、なにか約束してたっけ?

 考えようとすると、頭の芯が痺れる。


(とにかく、寝よう。明日のことは、起きてから考えればいいや)


 どっと疲れが出たのか、やけに重く感じる体を動かして、私は部屋へ戻った。

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