『ヒロシゲのぶろぐ』 1
6月26日
ども。ヒロシゲのぶろぐです。
ブログ始めて、一か月以上になるけど。やっぱり、見てくれる人、ほとんどいない。
訪問者、まだ一ケタ。コメント、同じサービス内の知らない人から、『ブログ開設おめでとう』というメッセージを一つもらった他、あとちょぼちょぼ、ぐらい。
まあ、こんなものか。負け惜しみじゃないけど、始める前から、予想していた通りだ。
特に、人の興味をひくようなテーマがあるわけじゃない、『男子中学生の日記』というだけだからね。
で。だから。今日からは今まで以上に、読む人のこと考えない、私的な日記、ひとり言を書くことにする。どうせ、誰も読まないだろうし、別な理由もある。
ここに文章を残しておいたら、もしかすると後で役に立つこともあるかもしれない。
なんせ、部屋の中もケータイのメールも通話記録も、しょっちゅうチェックされているんだ。それでもたぶん、このブログについては、まだ見つかっていないと思う。
もしも僕のまわりに何か起きたとしたら、そのときに、誰にもこっそり変えたりされず、僕の思っていたことなんかが残っていられるかもしれない。
なーんて、大げさなたとえだけどね。
とにかく、ここには僕に関する偽らない事実と、考えを、残しておきたいと思う。
これはもう何度かここにも書いたけど、僕は現在、中学二年の男子。ただし、四月の新学期から二週間ぐらい通っただけで、それから学校には行っていない。つまり、不登校生徒ということになる。
その理由は、二つある。二つの出来事が時期が重なって起きたことは、偶然なのかもしれないけど。
一つは、学校での出来事。僕はつまり、まきこまれたということになるんだろうけど、そのときには、まるでできの悪いマンガか何かの世界に放りこまれたみたいで、現実感がなくて、ボーゼンとしてしまっていた。
本当に、マンガなんかにはよく出てくるけれど、現実に自分に降りかかってくることはまず考えられない、そんな出来事だったと思う。
確か、四月なかごろの、火曜だった。
一、二時間目の体育が終わって、親しい友だちのいない僕は、一人でたまたま誰よりも早く、教室に戻ってきた。誰もいなかった教室に、少し後からがやがやと、他のクラスメートたちも入ってきた。
――カンのいい読者なら、もう、先が読めるんじゃないだろうか。
少しして。そう。クラスの男子の一人が言い出したんだ。
机に入れていた、サイフがない。と。
ほんの少し前のことだから、何人もが思い出していた。無人の教室に、一番に一人でいたのは、誰だったか。
最初は遠慮がちだったクラスメートたちの視線が、だんだんロコツに、僕の方へ集まってきた。誰かの、『あいつの机を調べろ』という声をきっかけに、いくつも机や椅子が倒れる騒動になり。次の授業の先生が、その騒ぎの中に、入ってきた。
そのとき。
僕のカバンを拾い上げた一人が、『これじゃないのか?』と、中からつかみ出した。青い、デニム生地のサイフ。
僕は、そのまま職員室に、連れていかれた。
先生たちがすぐにロコツに犯人扱いしないのは、何かそういう決まりとかがあったんだと思う。でもロコツではなしに、はっきり言わないままに、その態度が語りかけていた。『正直に言いなさい』『自分が犯人だと認めなさい』と。
でも僕は、警察官の父親から、何度も話を聞いていたんだ。
『身に覚えのないことは、はっきり違うと言わなきゃダメだ。自分がはっきりしないと、強い者に言いくるめられる』
とにかく僕には身に覚えがないんだし、カバンにサイフを入れるなんて、人に罪を着せようとすれば、誰にだってできるじゃないか。だから、僕はきっぱり、『知らない』と答えた。
生徒指導の先生たちは、溜息をついて、結局僕はそのまま、給食の時間には教室に戻されていた。はっきり疑いが晴れないまま。自分の席に座って、クラスのみんなの妙な視線を感じて。その居心地の悪さ、どう表現したらいいか、わからないほどだ。
そのまま、その日を過ごして。次の日も変わらない、居心地の悪いまま、過ごして。
そのまた次の日から、僕は学校へ行かなくなった。
最初は、意地でも登校を続けようと思っていたんだ。休んだら、まるで罪を認めるのと同じだと。でも、もう一つの事情がそこに重なってきていた。それは、後から書くことにするけど。
まず先に、この事件の、結論を書いてしまうと。
犯人は、あの、僕のカバンを拾った男子だった。
教室に戻ってきて、被害者の男子の机にぶつかって、サイフが床に落ちた。それを冗談のつもりでポケットに隠したら、被害者が大声で騒ぎ出して、騒動になってしまった。それで、話の流れで、僕に罪を着せることにしたんだ。
僕が登校しなくなって、何日かたったころに、その男子が白状したらしい。
すぐ、学校の先生たちが、家に謝りに来た。担任の若い男の先生と、生徒指導主任とかいう年をとった人だ。説明されて、それで、事情はわかったけれど。もう一つの理由があって、僕はそのまま不登校を続けている。
そっちの理由は説明していないから、きっと学校の先生たちは、僕がこの事件のなりゆきにヘソを曲げている、と思っているんだろうな。
今日は、ここまでにしよう。
6月27日
ヒロシゲのぶろぐです。
昨日の続きを、書きます。
とにかく、もう一つの事情っていうのを、書いておかなきゃならない。
ものすごく、書きづらいんだけど。
このことを書くと、もしかすると、調べたら、個人情報みたいなのもわかってしまうのかもしれない。でも、これを省略することはできない。
昨日も書いたけど、僕の父親は、警察官だった。警部補という階級で、一年前、去年の六月に、死んだ。
勤務中に、昔逮捕して恨みを持たれていたというヤクザの男に、刺されたんだ。
運ばれる途中で死んだということで、僕とママは、病院で死に顔を見ただけだった。
『殉職』という扱いになるといって、盛大な葬式になった。警察のえらい人も、たくさん来ていた。
見舞い金だか退職金だかもけっこう出るとか、保険金もあるとかで、これからの生活や学費とかに心配はないと、ママが言っていた。
ただ。
葬式が終わって、しばらくしてから。ママ(父と母で呼び方がちがいすぎるけど、うちの母親は、こう呼ばれないと機嫌が悪くなるんだ)の様子が、おかしくなった。
最初は、夫が死んで悲しんでいるせいとだけ、思っていたんだけど。
夏休みになって、一人だけの身内の僕とも、あまり話をしないようになって。夜になると、お酒(ウィスキーの水割りだ)を飲んで。
ある日いきなり、『裏切り者!』と大声で、僕にコップを投げつけてきた。それで、おかしいと思い始めた。
僕が何をした? と思ったけど。どうも、父と僕をまちがえているみたいなんだ。背のあまり高くない父に、僕は中学に入ったころに追いついて、まわりからもよく似てきたと言われていたぐらいで。
一生懸命、ママを落ち着かせて、わけのわからないぶつ切れの話を聞いて。なんとか少し、わかってきた。
どうやら父には、浮気相手がいたらしい。
それも、刺されて死んだときには、その女の人と一緒だったらしい。
何かの捜査で知り合った、飲み屋の女主人だとか。
警察の仲間は、情けをかけたとか、外聞が悪いからとかで、そのことは外向けに秘密にしたらしいけど。ママはそれを知らされて、はじめて、夫の浮気を知ったことになるらしい。
父は、仕事が忙しいと、家に帰らないことも、多かった。そのうちの何回かは、その相手と会っていた、ということになるんだろうか。
若いうちに結婚して、夫だけを信じて生きてきたママには、ものすごいショックだったようだ。
ふだんは、ふつうの母親なんだけど。それからも、毎晩のように酒を飲み、酔っ払うと、僕を父とごっちゃにして、叫び始める。酒をやめるように頼んでも、承知しない。
「親のささやかな楽しみ、邪魔するのかい」と。
夏休み中に何度も話して、酒の量はおさえると、約束させた。飲んでる間も、目を離さないようにして、危なくなる前にストップをかけなくちゃならなかった。
二学期になっても、僕は、なるべく早く家に帰るようにした。なんとかママは、昼間から飲むようなことは、していなかったようだけど。
おかげで、と、人のせいにしちゃいけないな。それでも事実、もとから友だちの少ない僕は、まわりとの付き合いがますます減っていた。まわりも、父親の死んだ僕にどう接していいのかためらってか、あまり近づいてこない。
早く家に帰って、家事を手伝ったり、本を読んだりしながら、ママから目を離さないようにしていた。
それが、うるさく感じられたんだろうか。
冬になるころから、ときどき、ママは夜に外出するようになった。近くのスナックだかで、酒を飲むようになったらしい。
「外で、友だちができたんだ」と言う。
外で飲むと、ストップをかける息子もいないから、かなり酔っ払って帰ってくる。まあ、僕が近くにいないと、夫とまちがえてからむこともないようだし、家に帰ったらすぐ寝てしまうので、そういう心配はしなくて済んだ。ママが寝ついたのを確かめて、戸締まりと火の始末に気をつければいいだけだ。
しかし。
いや、書き疲れた。
今日は、ここまでにしよう。
6月29日
ヒロシゲのぶろぐです。
続きを、書きます。
読み返して、前回は、一つ嘘に近いことを書いてしまったことに、気がついた。
僕が不登校を始めた、二つ目の事情を書くと言っておいて、まだそこまで行き着いていない。
まあ別に、誰に義理立てしなきゃならない、文章じゃないし。どっちみち、今日はそこまで、行くことになると思う。
続きを、進めます。前回は、『しかし。』まで、書いた。
しかし。
年が明けて、一月末、ころだったと思う。
冬になるころから、ママは週に一回ぐらい夜に外出して、酒を飲んでくるようになっていた。そんな、夜のことだ。
いつもの帰るぐらいのころ、玄関の開く音がして、僕は二階の部屋から降りていった。ママが玄関で動かなくなっているようだったら、起こして寝室に連れていかなくちゃならない。
ところが。
そこにいたのは、一人じゃなかった。
てれたみたいに酔った笑い顔の、ママの後ろに。ぼくと同じぐらいの背の、若い男が立っていた。こちらも赤い、笑い顔で。
「やあやあ、こちらが息子くんかあ」
近所に聞こえそうな、今にもアルコールの臭いがしそうな、大声をかけてきた。
「ママに聞いた通り、賢そうな息子くんだなあ」
「いやですよおNくん、そんな大きな声で」
靴を脱ぎながら、ママは高い声で笑った。
「送ってもらったの。ほらあんたも、挨拶して」
言われて、わけわからないまま僕はごもごもと、今晩は、とか声を出していた。
「ほらNくん、せっかくだから上がってって。飲み直そうよ」
「わあ、ありがたいな。じゃあ、少しだけ」
遠慮の様子もなく、Nという名前らしい若い男は、スニーカーを脱いでいた。
本当に、背の高さはぼくと同じぐらいで、大人の男にしては、少し小柄というところ。ブルージーンズにオレンジのダウンベストといった服装も、顔つきも、やたらと若い感じだけど、近くに寄ると目尻のシワなんか、少し年をとっているようにも見える。もしかすると、三十前後というところだろうか。ママより若いのは、確実みたいだ。
言葉通り上がり込んで、リビングでにぎやかに、ウィスキーを一杯。この日は十二時前に、Nという男は帰っていった。終始笑い合って、ママもご機嫌の様子だった。
『この日は』と断ったのには、もちろんちゃんと意味がある。この男が家に上がり込んできたのは、このときだけじゃなかった。最初は、ママが夜外出した週に一回ぐらい、連れてくるようになった。だったのが、三日に一回、二日に一回、と増えてきて。今では、と言うかこの三月ぐらいからは、ずっとうちに居つくようになっているんだ。いるいないが逆転して、外出、外泊するのが週一回、というぐらいに。
自分の家に帰る気はないのか。いろいろ考えた末、僕が勇気を奮って訊ねた。その質問に、あっさりとその男、Nはなれなれしい笑顔で答えた。
「うん。僕、君のママに惚れているからね」
そんな答えに、息子として、どんな反論をしたらよかったんだろう。
「ママさん、実に可愛い人で、優しくて、親切だものね」
実際には僕は、絶句して、何の言葉も返すことができなかった。
少しだけ聞き出したところでは、Nという男は現在、司法試験合格を目指して勉強中。仕事は、短期的なアルバイトをやったりやめたりのくり返し、だという。住んでいたアパートの、家賃支払いが苦しくなっていた。どうもスナックとかで知り合ったママが同情して、うちの部屋が空いているからと、誘ったということらしい。
「これでも、勉強はできるんだぜ。何でも教えてあげるから、質問しなよ」
なれなれしく偉ぶって、僕に言ってくる。
つつしんで、遠慮したけど。
ママの方も見るからに上機嫌に、楽しそうに、毎日朝晩、三人分の食事の用意をしていた。この同居を歓迎する気にはまったくなれないけど、そのママの顔を見ると、僕も反対の声を上げるきっかけをなくしていた。
前々回書いた、学校でのサイフ盗難の濡れ衣事件は、そんな時期に起こったことだった。
当日は、たまたま昼間、Nがアルバイトでいない日だったけど。僕が、家に帰ったとき。
学校から、その前にママに連絡が入っていたらしい。息子に、盗みの疑いがかかっていると。それがつまり、引き金とかいうことになったんだ。
「何しに帰ってきたの!」
僕が家に入るのを見た、それがママの第一声だった。
「この、裏切り者!」
その目の色は、明らかにあの、父と僕をごっちゃにしているときのものだった。
よくわからない、けど。もしかして、たぶん。僕が罪になることをしてしまったらしい、と聞いて、それが夫の罪深い行為と、ママの頭のどこかで重なってしまった、ということなのかもしれない。
あわてて僕は、ママを落ち着かせようとした。間もなく戻ってきたNも、協力してママをなだめてくれた。前以上に、ママが落ち着くまでに、時間がかかった。
そして、このことは。次の日、僕が学校から帰ってきたとき、またくり返されたんだ。
それだけじゃない。
前の日と同じように、この日は家にいたNと協力して、時間をかけて、ママを落ち着かせた。落ち着いたママに頼まれて、僕は夕食のための買い物に出た。そして、家に帰ったとき。
ママの混乱が、またくり返されたんだ。
このときもまたまた、Nと協力して、ママをなだめて。その後で、本人に聞かれないようにして、このことについて、話し合った。
その結果、結論として、想像されたことは。
僕が『家に帰ってくる』ということが、ママの混乱のきっかけになっているんじゃないか。ということ、だった。家の中で、ずっと顔を合わせているのは、なんともないのに。
これもまた、しょっちゅう家を空けていた夫が久しぶりに帰ってきた、そんなイメージと僕が重なる、ということなのかもしれない。
「参ったよなあ」
Nは、溜息をついて、言った。
「明らかに君のママ、病気なんだ。病院に行ってみてもらうのがいいと思うんだが」
前から僕がそのことを言っても、最近になってNが勧めても、ママは言うことを聞こうとしない。
Nがママから聞いたところでは、僕を父とごっちゃにして興奮してしまうのは、本人も自覚している。いけないとは思っても、そうなるとおさえがきかない、ということらしい。それでもママは、自分は病気ではない、とそこだけは認める様子がないんだ。
「無理矢理というわけにもいかないから、しばらくは気持ちが落ち着くのを待つしかないと思う」
しかし。僕が外から帰ってくるのを見るたび、混乱が始まるというのでは、落ち着くのを待つどころじゃない。毎日一回以上、必ずこれがくり返される、ということになってしまう。
とすると。
一番の方法は、僕が家の外へ出ない、ということだ。
幸いにと言うか、学校の方に、登校をやめにしても不思議がない状況ができている。
それを言うと。最初は反対したNも、結局うなずいた。
「少しの間、それで様子を見るのもいいか」
Nが家に居つくのを、認めるつもりにはなっていなかったけど。このときばかりは少し、頼るしかない気になっていた。
何しろ、興奮状態のママは、僕を父とごっちゃにしているんだから、僕がなだめてもなかなか効果がないんだ。そのときに、Nがその役をしてくれることが助かるのは、認めるしかない。
僕とNの冷戦は、一時休戦状態、ということになっていた。
7月1日
ヒロシゲのぶろぐです。
もう一週間、真夏突入のような暑さが、続いている。
二か月以上、二階の自分の部屋をほとんど出ない生活が続いているんだけど。エアコンがない部屋だから、昼間は窓を全開にして風を入れても、汗が止まらない。しかも昨日から、斜め向かいの空き地だったところにマンション建設が始まったということで、トラックの出入りやら機械で土を掘る音やらで、うるさくて窓も開けてられない。最悪だ。
グチってるばかりじゃしょうがないので、続きを書きます。
とは言っても、前回書いたところからの続きとしては、さっき書いた『二か月以上、二階の自分の部屋をほとんど出ない生活が続いている』というのが、ほとんどすべてだ。
僕が学校に行かないという、本当の理由は説明していないけど、ママは何も言わず、前からと変わらないように、生活を続けている。僕はときどき家の仕事を手伝うぐらいで、食事や風呂以外のほとんどの時間を、自分の部屋で過ごしている。勉強したり、本を読んだり、ゲームをしたり。
Nはというと、昼間は時間が日によってまちまちなアルバイトに出ているらしいけど、たいてい夕方には帰ってきて、ママの相手をしているようだ。ママも最近は夜に外へ出るのはやめて、Nを相手にリビングで飲んでいるみたいだ。
そんな感じで、すっかりこの家の生活は、落ち着いてしまっている。
何ともおもしろくないのは、一年前から続いていた親子二人の生活に、あのNという男が割り込んで、すっかり居座っていることだ。おもしろくないんだけど、しかし、それでママの様子が落ち着いているんだから、無理にこれを壊す気になれない。
あの後、五月に一回、僕は実験的に外出してみたんだけど、帰ったときのママの混乱はやっぱり同じだった。僕が『家に帰ってくる』というところを見せるのがよくないらしい、ということを認めるしかない。
このことを相談できる親戚でもいればいいんだけど、ママの身内はまったくいないんだ。もともと兄弟はいない一人娘で、両親、つまり僕の祖父と祖母は、僕が小さいころに二人とも死んでしまった。その他、親戚と呼べるような人は聞いたことがない。
僕の父の方の祖父と祖母は、隣の市に住んでいるんだけど。こちらに、ママの外に知られたくない病気のようなことを相談するのも、まずい気がする。何と言うんだ。つまり、世間の体面を重んじる、というタイプの人たちで、知られたら、ママが無事に済まないだろうことが予想される。
先月には、この祖父と祖母と連絡をとって、父の一周忌というのをお寺でやったんだけど、そのときにはママの病気とNの存在、それから僕の不登校についても、知られないように十分注意したぐらいだ。
本当に、Nはすっかり我が物顔って感じで、この家に居座ってしまっている。
たいていはお気楽な調子で、ママと笑い合って。まるでママとは、親しい友だちとも、恋人同士とも、親子のようだとも、場合によっていろいろな感じに見えてしまう。外、近所なんかには知られないようにしているみたいだけど、家の中では、まるでもう何年も前から一緒に住んでいるような態度だ。
一方で、僕に対しては、もっとまちまちな態度を見せる。それこそ父親みたいに、または兄弟みたいに、なれなれしい様子で話しかけてくるかと思うと。あるときには不機嫌に、僕を邪魔者のように見ていると、感じとれることもある。
少し前にも、夜、僕が一階に下りていくと、廊下にNが出てきたのと、顔を合わせたことがあった。あいつは少しあわてたみたいな様子で、
「ママには顔を見せない方がいい」
と、僕をリビングに入らせないように、立ちふさがる。
ちょっと考えてから、いつものお気楽に近い笑顔になって、
「すっかりご機嫌の、ほろ酔い気分になっているところだからね。邪魔しない方がいいよ」
変な気はしながらも、言い争いはやめて、戻ろうとすると、
「本当は、いなくなった方がいいんだよな」
と、ひとり言みたいな小声が聞こえた。
階段を上がりながら、ゆっくり僕はその意味を考えた。あれは、僕がいなくなればいい、という意味なんだよな。やっぱり、僕が邪魔だということか。
邪魔者って、立場が逆だろうって、気がするけれど。実際この二か月ぐらいで、Nと僕の存在は、逆になってきているようにも、思える。この家の中で、だんだん僕の自由に動ける範囲が、狭くなってきている。その分、あの男ののさばっている部分が、広くなってきているって感じに。
あいつがここにいることを、僕はつまり、黙認した。それが、まちがいだったんじゃないか。一人で部屋にいて、ありあまる時間で、何度も考えてしまう。
このサウナみたいな暑さの部屋で一人考えていると、思考がどこへ行ってしまうか、自分でもわからないぐらいだ。
ちょっと、落ち着いて考えてみたい、と思う。
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