7はひとつだけ

高野ザンク

アンラッキー7

 そもそも七栄は親同士が決めた許嫁であって、私が十五の時に嫁いできた、一つ年上の女だった。


 名家に生まれた七人きょうだいの末っ子で、片田舎とはいえ名家である我が家に嫁ぐものとしてはやや位は低かったが、裕福な家庭に育っていたので、持参金を含めれば、四男坊の私にはそれなりにふさわしい相手だったのであろう。


 容姿、性格ともに七栄に不満は全くなかったが、ひとつだけ不思議なことがあった。7にまつわることを極端に嫌うのだ。

 旅行先では7のつく番号の部屋には泊まらないし、トランプは7ならべではなく5ならべしかしなかった。彼女は占術が趣味だったが、タロット占いでは「戦車」のカードを省いて占うので、果たしてそれで正しい占いができるのか甚だ疑問だった。


「七は私だけで十分でございます。他の七はまがいもの、不幸を引き寄せる原因となります」


 私が彼女の7嫌いを指摘すると、笑みを浮かべてそう返すばかりだった。


 私はそれで良かったのだが、家の者はそうではなかった。とくに二つ上の兄に至っては、そこまで7を忌み嫌うのはなにか邪教に魅入られているのではないかと疑ってかかった。



 ある日、兄は彼女に意地悪をした。7本の筆と7色入りの絵の具セットを買ってくるようにと七千円を渡して使いを頼んだのだ。しかも使いにやった画材屋の名前は「七前堂」というのだった。彼女は丁寧にこう言ったという。


「できれば7本、7色ではなく、8本、8色にしていただいたほうがよろしいかと存じますが……」


 兄はそれを聞いて、ますます面白いと思ったらしく、


「いや、なにがなんでも7本、7色がいい。お前が7にまつわる買い物をしてきてくれることが私の一番の望みなのだ」


 とはっきりと命じた。

 七栄は困った顔をしたものの、義兄の命には背けず、果たして七前堂で7本の筆と7色の絵の具セットを買ってきた。


 翌日、兄は交通事故にあった。

 幸いにも命はとりとめたものの、7箇所を骨折し、足の指を3本失った。七叉路を横断中の事故だった。



 我が家の者は騒然となった。偶然とは思えない7にまつわる不幸な出来事。彼女がこれまで7を忌み嫌っていたことの理由がわかったのだ。七栄が直接なにかをしたわけではないとはいえ、彼女を化け物と見るかのような家中の視線に耐えかねて、私と七栄はしばらくして実家を出た。



 それでも私は七栄を愛していた。7の数字に関わりさえしなければ、彼女は気立てがよく働き者だった。そして徹底的に7を避ける姿勢と、偶然にも関わってしまった時の(回数は少なくはあったが完全に避けることはできなかった)大小問わず必ず起きる災いに、畏敬の念さえ抱いていた。


 結婚して7年目に私たちは子どもを授かった。

 私は7年という節目での懐妊に不安にかられた。無事に子どもは生まれてくるのだろうか。生まれたとて、私たちになにか不幸が訪れるのはないだろうか、と日に日に大きくなる七栄の腹を見ながら、嬉しさ以上に恐ろしい妄想に苛まれていた。救いだったのは、彼女がそのことを全く気にしていなかったことだ。


 そして彼女は無事、出産を終えた。母子ともに健康だった。彼女が産んだのが七つ子だったということ以外は特に大きな問題はなかった。


 7人の赤ん坊を横にしながら、彼女は言った。


「これで七への執着は消えました。でもこれからは四と九を避けなければなりません」


 彼女いわく、七栄が七つの子を産んだことで七七=四九の四と九を避けなければならなくなったという。


「ですので、残念ながら貴方とは暮らせません、四郎さん」


 七栄は悲しそうに言った。私は彼女と、そして子どもたちと別れたくはなかったが、おそらくそうせざるを得ないだろう。私自身はどうなってもいいが、七栄たちに災いが起こるのは耐え難い。私は彼女のもとを去り、養育費を使用人に届けさせるだけの関係となった。


 実家に戻るわけにもいかず、私は一人で暮らしている。以来、私自身が7という数字を忌避するようになってしまっていた。七栄との出会いは幸運でもあり、不幸でもあった。ただ、人伝に聞いたところ、彼女と子どもたちは元気に暮らしているという。ならばこれは幸運といってもいいのではないだろうか。


 私にとっての本物の7は、七栄と7人の子どもたちだけ。他の七はまがいもの……


〈終〉

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7はひとつだけ 高野ザンク @zanqtakano

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