星療協会のコミュニティ
アルバルテは大陸の西にある西方諸国の玄関口である。様々な港へ通ずる船便が一日に何本も出るような大型ターミナルを擁し、内陸部の各都市へ向かう馬車がひっきりなしに発着している。
勿論人だけでは無く物流の要所でもあり、他の都市よりもひときわ大きなギルドが構えられている町としても有名だった。
「私達のコミュニティはここから馬車で半日ほど行った所にあります。少し辺鄙な場所なので気に入って頂けるか分かりませんが……」
船着き場で合流した三人はリチアが手配した馬車に乗って星療協会のコミュニティがある山間地帯へ向かっていた。
「馬車で半日ほどの場所ならアルバルテに拠点を構えた方が便利なのではないか?」
「確かにその方が便利かもしれませんが、それだと星が見えないので駄目なんです」
「星?」
星とはあの星の事だろうか。
「私達が何故『星療協会』と名乗っているのかご存知ですか?」
「……確か、魔法は星から与えられた物であるという考えから来ているとか」
リーシャの回答にリチア驚いたようで「まぁ」と小さく声を上げた。
「良くご存知ですね。と言っても、宗教的な意味合いは無いのです。今よりずっと昔、まだ魔道具も魔法も無かった時代に私達の祖先は星を頼りに旅をしていました。星は私達に居場所を教え、目的地まで導いてくれる尊い存在。
魔法はそんな星が私達に与えてくれた尊い物だから悪用せずに大切にしなければならない。そういう教訓のような物なんです」
「そういえば昔本で読んだことがあるな。星の位置を測って現在地を知る方法があると。なるほど、それで名前に星を取り入れているのか」
「はい。その名残で今でもコミュニティには天文台を作る規則になっているのです」
「天文台……。もしかして、それで星が見える郊外にコミュニティを作っているですか?」
「その通りです。実はその他にももう一つ理由がありまして」
リチアは白いローブに着けている星を象ったブローチを指さした。
「ここに留められている石、何だか分かりますか?」
星形の台座に留められているのは薄くスライスされた黒くてぼこぼことした形の石だ。ぱっと見たところそこら辺に転がっている石のようにも見える。少なくとも宝石のような価値のある物には思えない。
(何だろう。宝石……には見えないし。でも意味がある物だとしたら……星……。あっ、もしかして)
困惑しているオスカーを尻目にリーシャは考える。そしてある答えに辿り着いた。
「もしかして、隕石ですか?」
「正解です!」
リチアは嬉しそうにリーシャに拍手を送る。
「世の中には不思議な事に隕石が良く落ちる場所があって、星療協会のコミュニティはその近くに作られているんです」
「隕石が良く落ちる……。そんな事があり得るのか?」
「信じられないかもしれませんが、今から行くコミュニティもその一つなんですよ」
隕石、つまり宙から降って来た星の欠片が同じ場所に落下するなどあり得るのだろうか。それこそ絵物語の中の話のようだとリーシャもオスカーも半信半疑だった。
◆
アルバルテから少し離れた山間に小さな平原がある。山に囲まれた小さな丘を中心に広がる草原で、まるでそこだけ山を切り取ったような不思議な地形だった。
その丘の上には天文台があり、その天文台を中心に木造家屋が立ち並んだ小さなコミュニティが形成されている。そのコミュニティこそが星療協会のアルバルテ支部だった。
「立地上天体観測にピッタリの土地なので、副業で観光業もやっているんです」
コミュニティの端には観光客向けのロッジがいくつか立ち並んでいる。リチアは二人にそのロッジの一つを用意してくれた。
「アルバルテから近いですし、観光客にも人気があるのでは?」
「ええ。こっちが本業なんじゃないかと思えるくらい、観光シーズンにはお客様が沢山いらっしゃるんですよ」
本業である医師の派遣業務であまり儲けが無い分、宿泊費や土産物代は貴重な収入源になっているらしい。ロッジの近くにはコミュニティの女性たちが内職で作った工芸品を売る土産物屋まであった。
「では、私は一度仕事の報告に行ってきますね。美味しい食堂があるので夕飯はそちらで如何ですか?」
「是非」
「では、夕飯時になったら迎えに伺いますね」
協会支部に報告に戻ったリチアと別れたリーシャとオスカーは夕飯までの間コミュニティを見て回ることにした。コミュニティは星療協会の本部となっている石造りの建物とロッジ、土産物屋、食堂、そして住人達の住宅で構成される小さな集落だ。
夕飯を食べる予定の食堂も都会のような立派なレストランでは無く、観光客向けの小さな酒場のような物だった。
「いらっしゃい。星導刺繍の土産物は如何?」
ロッジの前にある土産物屋から女性店員が出て来てリーシャに声を掛ける。
「星導刺繍ですか?」
「この村の工芸品でね。冬の家ごもりの時期に作るんだ。アルバルテでも人気なんだよ」
女性店員はそう言ってハンカチを何枚か持って来てリーシャに見せた。
「可愛いデザインですね」
薄絹で出来たハンカチに白や銀の糸で星の刺繍を施している。縁に沿って細かい刺繍が丁寧になされており見事だ。
「アルバルテにも卸しているんですか?」
「ああ。冬に作って春になったら問屋に持って行くんだ。アルバルテの土産物屋にも並ぶんだよ」
「人気なんですね」
「昔からの伝統工芸でね。女達が食っていける貴重な収入源だったんだよ」
「というと?」
「このコミュニティは元々、夫と死に別れた未亡人の互助コミュニティだったんだ」
「今の若い子は知らないだろうけどね」と店員は言う。確かにリチアからそんな話は聞いていない。
「興味あるのかい?」
「ええ」
「若いのに変わってるね。入りな」
女性店員はそう言うとリーシャとオスカーを店に招き入れた。
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