失われた職業
「色々な方とお知り合いになれるのは便利そうですね。飛行船の案内人組合が出来たら是非参加したいです」
昔話を聞いて目を輝かせるリチアにリーシャは苦笑いをする。
「案内人の組合は既に廃止されているので、新しく組合を作るとなると難しいでしょうね」
「そうなのですか?」
「既にある仕事ならともかく、新しい仕事を立ち上げることになりますから飛行船業界の理解を得なければなりません。それなりのコネや立場がある人間でないと難しいでしょう」
「でも、便利になるのですから理解を得るのはそう難しくないのではないでしょうか」
「見知らぬ一般人に『便利になるから乗せろ』と言われて操舵室に案内する船員はいないでしょうね。船会社にとって飛行船は財産であり、大勢の客の命を預かる責任がある。その飛行船に魔法をかけさせるなんて、よほど信頼のおける人物でないと任せられないですよ」
「それに」とリーシャは付け加える。
「一度風化してしまった文化を掘り起こすのって簡単ではないと思うんです」
「風の案内人」が無くなってから十年単位の年月が流れている。その間にどんどん新しい魔道具が普及し、「古くからの魔法」を使う人も減ってしまった。
「風の案内人」が使う魔法はリーシャが使っているような「古い魔法」だった。天候や風向き、状況に応じて言葉を紡ぎ魔法を使う。繊細な微調整や臨機応変な対応、そして細かい魔法の操作が求められる。若者たちは本業の傍ら「風の案内人」の仕事を通して魔法の操作技術を磨いたのだ。
だが、この数十年の間に「古い言葉」が廃れて誰でも魔道具に魔力を流すだけで魔法が使えるようになってしまった。例え案内人の組合を復活させても、当時と同じような技術を持った人間が集まるとは思えない。
リーシャのように当時案内人を務めていた人間であっても、魔道具に慣れてしまい技術を失った者も多いだろう。後進の教育も出来ないのであれば組合を作っても再び潰れるのは目に見えている。
「技術の喪失か……。我が国も他人事ではないな」
オスカーはぽつりと呟く。今のイオニアはまさに「風の案内人」と同じような立場に立たされている。
「オスカー様の国が? 何故です?」
「俺の生まれ育った国は騎士の国でな。武を重んじる国の方針で今まで一切の魔法を拒絶してきたんだ」
「え? 魔法が無い国なんてあるのですか?」
リチアは驚きの余り大きな声を出し、恥ずかしそうに口元を覆った。
「信じられません。魔法が無い国があるだなんて……」
「ははは。そうだろうな。だが、あるんだよ。逆に俺は国の外に出て驚いたよ。魔法がこんなに便利な物だなんて知らなかったからな」
そう。魔法は便利だ。魔道具を使えば火打ち石を使わずとも一瞬で火を起こせるし、何も無い場所で水を生み出す事も出来る。きっとイオニアに魔法が流入すれば今よりもずっと生活は豊かになるだろう。
「今、俺の国は魔法を受け入れようとしている。だからこそ、怖いんだ。魔法が流入したら一体どうなってしまうのだと」
「国の本質が変わってしまうかもしれない……と?」
リーシャが尋ねるとオスカーは頷いた。
「魔法の前では剣は役に立たない。これまでの旅で痛いほど実感したよ。魔法を導入したら、恐らく我が国でも魔法師の育成が始まるだろう。そうして徐々に防衛の要は剣から魔法へと移り変わって行くのだと思う。
そう考えると寂しいんだ。我々は剣を持ち、武を持って国を守る事を誇りとしてきた。だがそれが魔法へと置き換わり、いつか継承してきた剣の技術が途絶え、失われるようなことがあるかもしれないと思うと悲しくなってな」
オスカーは「風の案内人」の話を聞いた時、それがいずれ消えゆくイオニアの剣術の末路なのだと思った。「昔こういう物があった」と語られる存在。全てが魔法に置き換わり、過去の遺物になり果てる時が来るのかもしれないと察したのだ。
そしてそれが余りにも寂しかった。「一度途絶えてしまった技術を掘り起こすのは難しい」というリーシャの言葉が重くのしかかる。
(魔法の便利さや強さを目の当たりにした時、それでも尚剣を握り鍛錬を積むような人間がどれくらい残るだろうか)
オスカーが預かる騎士団は比較的若者が多い。お国柄か熱心に鍛錬を行う者ばかりだが、魔法が普及した後も彼らは騎士団に残ってくれるだろうか。
そもそも、騎士団を今の規模で維持できるのだろうか。
(いや、もうこれからはそういう時代では無いのかもしれない)
剣を取る事への拘り。それが己の身に沁みついているのだと実感する。それでは今まで頑なに魔法を拒んできた先祖と同じだ。
(イオニアの民は自ら選び取る選択肢を増やせる。それだけのことだ。決して悪い事ではない)
男は剣を学び騎士となる。そこに魔法が加わるだけのことだ。今までしきたりに従い渋々武芸を納めていた者も、今度は魔法を学ぶ道を選ぶ事が出来る。もしかしたら、そこからまた別の新たな道へ進む事だって出来るかもしれない。
それはイオニアの国としての可能性を広げる「良い事」なのだとオスカーは思い直した。
「……新しいものが入って来ても、古いものが失われるとは限りませんよ」
リーシャがぽつりと呟く。その言葉を聞いたリチアが不安げな表情を浮かべるオスカーに優しく声を掛けた。
「もし宜しければ、我々のコミュニティにいらっしゃいませんか? 何か参考になるかもしれません」
「コミュニティ?」
「はい。先ほどお話した星療協会のコミュニティです。アルバルテから半日ほど行った場所にあるのですが、いかがでしょう」
リーシャとオスカーは顔を見合わせた。
(正直、見てみたい)
リーシャは西側の国を拠点に活動する星療協会を詳しく知っている訳ではない。しかし彼らが使う医療魔法には昔から興味があった。しかもその星療協会のコミュニティに行ける機会など滅多にない。
「俺はリーシャが良ければ」
「興味があるので伺ってもよろしいでしょうか」
「分かりました。では、アルバルテに到着したら船着き場の待合室で合流しましょう。迎えの馬車が来る手筈になっているので」
目的地であるアルバルテまでは約二週間ほどかかる。三人はアルバルテに到着後、再び落ち合う約束をして各々船旅を楽しんだ。
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