ロウチェの過去
「その光景を見て、私はヴィクトール様こそ皇帝に相応しいと直感しました。この方にお仕えしたい。そう思ったのです」
ロウチェはヴィクトールについて語る時、敬愛とも愛慕とも違う、まるで神を語る敬虔な信徒のような目をする。ヴィクトールの為ならば身を投げ出しても構わない。自らが慕う皇帝と血が繋がっている事は彼女にとって誇りでもあり、恐れ多い事でもあった。
「私の母は陛下の御母上、ラベンダー様とは違い小さな領地しか持たない下級貴族の生まれでした。生まれながらにして容姿端麗だった母は、先帝に取り入ろうとした祖父によって宮殿へ送り込まれた『駒』だったようです。
最初の数年は先帝も母に興味を示しましたが、私が生まれてからは他の側室と同じように一切渡りが無くなりました。駒としての利用価値が無くなったのを悟った祖父にも見限られ、母は晩年まで一人寂しく暮らしておりました」
ロウチェは一息つくとリーシャの目を真っ直ぐ見て続けた。
「先帝が亡くなり各離宮から長子が集められた際、あまりの長子の多さに愕然としたのを覚えています。長子の数は即ち側室の数。私の母と同じような思いをした人がこんなにも大勢いたのかと。
……それと同時に、私と同じような寂しさを抱えた人がこんなに居たんだと安心しました」
「皇帝陛下も同じような気持ちだったのでしょうか」
「分かりません。ただ、陛下の目には光が宿っていました。顔も知らぬ父に顧みられない寂しさや、変わらない毎日に退屈している兄弟の中に居ながらも、それを感じさせない光を宿していた。あのお方が皇帝の座を射止めた時、私は暗く閉ざされた闇の中で希望の光を見つけたような……そんな気持ちになりました」
ヴィクトールが即位して間もなく、腐敗政治の原因とされる先帝の側室とその親族が住まう離宮のほとんどは廃され、行き場を失った側室やその子らの中には身を寄せる場所が無く路頭に迷う者も出た。
母を亡くし、母の故郷に帰る事も許されなかったロウチェは宮殿で臣下として働く事を選び、彼女の才を認めたヴィクトールによって侍女として召し上げられたのだった。
「今陛下に必要なのは信頼のおける友人です」
「部下ではなく?」
「本当は、心から信用出来る妻を娶られるのが一番だと思うのですが、難しいようですので」
「偉大なる帝国」は新皇帝の下、変革の真っ最中だ。皇帝に従う者もいれば心の内に反感を抱いている者も少なくは無い。異国出身の妾の子という生い立ちからヴィクトールには後ろ盾が無く、誰が何を考えているのか分からない状況で嫁とりをするのはあまりにもリスクが高すぎる。
(そもそも、陛下は妻を娶る気があるのだろうか)
ヴィクトールは色恋沙汰には興味が無さそうな上に浮いた話一つ聞いたことが無い。「婚姻そのものに興味がないのかもしれない」と不安になったが、自らの母やラベンダーの境遇を考えるとそれも仕方ないように思えた。ロウチェ自身もまた、婚姻願望が無かったからである。
だからこそ、ヴィクトールが興味を示した女性――リーシャはヴィクトールの妻となりえる人物かもしれないと心を躍らせた。そのリーシャに「婚約者」が居ると知った時は落胆したが、皇帝の誘いを堂々と断り「婚約者」を守った立ち振る舞いに「なるほど」と納得したのだった。
「本当は、リーシャ様が陛下に嫁いで下さるのが一番なのですが」
「貴女までそう仰いますか。正直に申し上げれば皇帝陛下に魅力を感じない訳ではありません。ですが、色恋とはまた別の……どこか他人ではない、親近感の様なものなので夫婦としてやっていくのは難しいでしょう」
「やはりそうお思いになりますか?」
ロウチェは食い気味に言った。
「失礼ながら、私も夜会で陛下とリーシャ様がお話されているのを拝見してそう思ったのです。まるで兄妹のようだと。妹である私が言うのもおかしな話かもしれませんが……」
リーシャと話すヴィクトールはとても楽しそうな顔をしていた。国に居る時の様な難しい顔でもなく、ロウチェと話す時のような優しい顔でもない。心通わせた友や心から愛してやまない家族と話すならばこんな顔をするだろう。そんな顔だ。
「ほっとしました。陛下にもあんな表情が出来るのだと。心を許せる相手が居たのだと」
それと同時に、ヴィクトールにとってリーシャは家族であり友であり、妻ではないのだと悟った。褥を共にするよりは一晩中語り合いたい相手なのだと。
「陛下に貴女のような家族が出来て本当に良かった。これからもどうか、陛下を宜しくお願い致します」
「家族……?」
「オスカー様と陛下は血縁者なのですから、リーシャ様も陛下の家族も同然ですよね?」
「……言われてみれば」
ロウチェの言葉にリーシャは軽い衝撃を受けた。オスカーと婚姻を結ぶという事は、オスカーと直接の血縁関係があるヴィクトールとも親戚になるという事だ。つまりヴィクトールと結ばれなくても親族になるのは変わりないのだ。勿論ヴィクトールの妹であるロウチェも同様だ。
「それを言ったらロウチェさんも私の家族という事になりませんか?」
「……あっ」
ロウチェは気づいていなかったのか恥ずかしそうに「確かにそうですね」と赤面する。思いもよらない「縁」に二人は思わず顔を見合わせて笑ったのだった。
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