乙女の茶会

 郊外にある臨時飛行場にひときわ大きな飛行船が係留されている。赤い獅子が描かれた「偉大なる帝国」の皇帝専用機だ。黒い船体に金の装飾が施されており旅客船よりもずっと威容がある。

 飛行場まで馬車で移動したリーシャとオスカーはヴィクトールの侍女に案内をされて飛行船へ乗り込んだ。

 飛行船の中はまるで城の一室をそのまま持ち込んだかのような華のあるつくりをしている。かと言って決して下品では無く、格調高い落ち着きのある装いだった。


「無事に着いたようだね。良かった。ロウチェもご苦労様」


 ヴィクトールは二人を出迎えると侍女を労う。聞けば彼女が全て手配したらしい。「出来る侍女だ」とリーシャは感心した。


「さて、では『西の港』まで送ろう。早くて二日程かかる見込みだから自由に過ごすといい。何かあればロウチェに言ってくれ」

「リーシャ様、オスカー様、二日間身の回りのお世話をさせて頂くロウチェと申します。何か用事がございましたらお気軽にお申し付けください」


 ヴィクトールの侍女であるロウチェは二人に丁寧な挨拶をした。ただの侍女というには美しい、流れるような仕草に目を奪われる。女性にしては背の高いすらりとした美女だ。


「ロウチェは私のでね。立場上心を許せる同性の友が少ないから仲良くしてやって欲しい」

「異母兄妹……つまりは先代皇帝陛下のご息女ですか」

「はい。ですが、今は陛下の侍女です。そのように扱って頂いて構いません」


 そう言ってロウチェはニコリと微笑んだ。


「リーシャ様、温かい紅茶とケーキを用意しております。宜しければ如何ですか」

「お心遣いありがとうございます。では、遠慮なく」


 ロウチェは客室の奥に備え付けられた小さな個室へリーシャを案内した。小さいながらも貴賓室と言って差し支えない立派な作りをしている。


「この部屋は?」


 向かい合わせのソファーに机が一つ。あとは外の景色を眺められる窓があるだけの「客室」と言うにはいささか簡素な部屋だ。


(随分と静かな部屋だ。外の音が全く聞こえない)


 それになによりリーシャが驚いたのはその防音性だった。


「普段は商談や、に使う部屋です」

「なるほど」


 つまり、密談用の部屋という事である。


「そんな部屋でお茶を頂けるとは。珍しい体験をさせて頂けるようで嬉しいです」

「只今準備を致しますので、少々お待ちください」


 ロウチェはいつの間にか部屋の外に置かれていたワゴンを運び入れて茶会の準備をする。花の描かれたティーカップに紅茶を注ぎ、飾り切りを施した果物が乗ったケーキを皿に盛るとリーシャの前に配膳した。

 フロリア公国ではハーブや薬草、香草を使った健康的な食事ばかりだったので、クリームがたっぷりと乗ったケーキは一層美味しそうに見える。


「お待たせ致しました」

「ありがとうございます。宜しければロウチェさんも一緒に食べませんか? 一人で食べるより二人で食べた方が楽しいので」

「かしこまりました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 リーシャはケーキがもう一組あるのを横目で確認するとロウチェに声を掛けた。ロウチェは紅茶とケーキをもう一セット用意してリーシャの対面に座る。初めからこうするつもりだったのだろう。


「ロウチェさんは皇帝陛下の妹君なのですよね」

「はい。妹と言っても母違いの妹ですが。先代皇帝……父には沢山の側室がおりまして、母違いの兄弟や父違いの兄弟が多く居るのです。それも、顔も名前も知らないような兄弟が」

「そんなにご兄弟がいらっしゃる中でお兄様は皇帝の座に着かれた。人望のある方なのですね」

「いえ。陛下が皇帝に即位されたのはです」

「え?」

「皇帝を選んだのは『くじ』でしたから」

「くじ……?」


 ロウチェの口から出た不可解な言葉にリーシャは頭を悩ませた。くじとは「くじ引き」の事だろうか。いやしかし、くじ引きで皇帝を決めるなどあり得るのだろうか。

 リーシャの不可解そうな顔を見たロウチェは思わずクスっと笑った。


「くじ引きでございます」

「本当に? くじ引きで皇帝を決めたのですか?」

「はい。本来ならば正妻の子のみに継承権が与えられるのですが、運悪く皆病で倒れてしまい……。

 正妻の子が居ない場合は側室の長子から次代の皇帝を選ぶ決まりになっておりましたので各離宮から長子を集めたのですが、あまりに数が多くてなかなか決まらなかったのです」

「それでくじ引きとは大胆なことをしますね」

「くじ引きを提案されたのは現皇帝陛下ご自身なのですよ」

「皇帝陛下が?」


 そう聞くとイカサマをしたのではないかと疑いたくなるが、そうでもないらしい。くじ引きを引く前に皆で入れ物やくじを確認し、ヴィクトール自身は一番最後に残った物を引いたというのだから、やはり彼自身の「運」が招いた結果なのだろう。


「なるほど……。それで『強運皇帝』と」


 世間で囁かれるヴィクトールの二つ名、「強運皇帝」にも納得がいった。継承権を持った正妻の子が皆亡くなり、運よく皇帝の座を射止めた愛妾の子。だから「強運皇帝」と呼ばれているのだとばかり思っていたが、実際はそれの遥か上を行く豪運ぶりだ。


(だが、何故だろう。ヴィクトールならばなんら不思議ではない。そう思えてしまう)


 俄かには信じられないような話だが、「ヴィクトールならば」と思ってしまうような何かが彼にはある。実際、「くじ引きで決める」などとふざけた話が受け入れられ、結果ヴィクトールが当たりくじを引いた事に文句を付ける者も反抗する者も居なかったという。

 「そうなるべくしてそうなった」と誰にも思わせるような雰囲気を作り出す才能、まさに舞台の上の主演俳優のような人物なのだとリーシャは改めて実感した。

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