可愛らしい訪問者

「お待たせしました」


 身支度を終えてリーシャはオスカーが待つ別室へ移動した。


「わぁ~、まるで絵本に出てくる王子様みたいですね」


 リーシャはソファーに腰を掛けているオスカーを見てまるで子供が口にするような様な感想を述べる。黒を基調とした礼装を身に纏ったそれは「王子」たる呼び名が良く似合う。


「というか、王子様でしたね。オスカーは」


 そう、目の前に居るこの男は確かにイオニアの王子なのだ。旅をしていると忘れてしまいそうになるが、この城の主である大公の甥である。


「そういうリーシャこそ、どこぞの姫君と言われても分からんぞ」


 オスカーもまた、目の前に立っている可憐な少女……リーシャに見惚れている。透けるような淡いピンクのドレスに大きな真珠のついた首飾り、同じく真珠で作られたイヤリングが美しい。髪を編み込み一つに後ろで纏めてその根元に美しいカンラン石の髪飾りを着けていた。


「お世辞がうまいですね。褒めても何も出ませんよ」

「本当のことだ。愛らしい」


 珍しく直球な褒め言葉を投げてよこすオスカーにリーシャは驚いたような表情を見せる。それを言ったらオスカーこそ、見目麗しいことこの上ない。あった時から「見目が良い」とは思っていたが、それに相応しい服を着るとこうなるのかと、改めて実感せざるを得ない。


(そう言えば、オスカーがそれらしい服を着ているのを見るのは初めてだな)


 最初に会った時に着ていたのは一月着通したボロ着だし、それからも旅装と、良くて仕事の時に来ている余所行きの仕事着くらいだ。イオニアの城に居た時も「王子らしい」恰好などしていなかったから、こうして礼装を着ているのを見るとなんだかむずがゆい。


「結局ドレスを借りてしまいました。こちらの方が似合うからと押し切られてしまって」

「良く似合っているぞ。そう言えば、普段こういう淡い色の服を着ているのを見ないな」

「淡い色を着る歳ではないので」


 淡い色はなんとなく子供っぽいような、若者が着る色のような気がして手が伸びにくい。見かけは若者だが心はそれ相応に歳を取っているつもりだ。


「そんなことはない! ……リーシャにはその、何色でも似合うと思うぞ」


 今更恥ずかしくなったのか、照れた様子でそう言うオスカーにリーシャは「ありがとうございます」と小さく返事をした。


「お兄様! お久しぶりです!」


 突然ガチャリと扉が開かれ、一人の少女が部屋へ飛び込んで来た。


「お兄様?」


 少女に飛びつかれたオスカーは訳も分からぬと言った顔をして少女を引きはがす。


「アイリスをお忘れになったのですか?」


 薄紫色のドレスを身に纏った少女は不安げに尋ねた。


「アイリス? ……ああ、伯母上の子か」


 遠い記憶を探るようにしばらく考えた後、オスカーは少女の名を思い出した。母であるローザの姉、現大公妃であるカメリアの末の娘だ。以前オスカーがこの城を訪れた時、少しだけ子守りをした記憶がある。


「一目では分からなかったぞ。大きくなったな」

「もう! 子ども扱いしないで下さる? 私、もう十八になりましたのよ」


 アイリスはそう言ってオスカーの膝の上に乗って甘える。リーシャの存在などまるで目に入っていないようで、侍女の目も憚らずオスカーの首に腕を回して嬉しそうにはしゃいだ。


「はしたない」


 そんなアイリスの姿を見たリーシャは苦い顔をして呟いた。心の中で思ったはずが、思わず口に出てしまったようだ。


「今なんと?」


 その呟きが耳に入ったのか、アイリスはリーシャに聞き返す。


「そういえば、こちらの方はどなた?」


 恐らく、その時初めてリーシャの存在を認識したのだろう。自分とオスカーを眺めている娘にアイリスは不思議そうに問いかけた。


「初めまして。リーシャと申します。オスカーと旅をしている者です」

「お兄様と旅を? ああ、従者ね」


 アイリスの口から発せられた言葉にオスカーは眉を顰める。


「アイリス、リーシャは従者ではない」

「そうですよ、アイリス様。そんな言い方、奥様に失礼です」


 後ろに控えていた侍女がたまらず口を挿んだ。


「奥様?」


 アイリスは「何を言われたのか理解できない」という顔をしていたが、その言葉の意味を理解すると顔を真っ赤にした後にオスカーに詰め寄った。


「どういう事ですの? お兄様、いつの間に結婚など……」


 そう言って掴んだオスカーの左手に光る指輪を見て「いや!」と悲鳴を上げる。


「信じられない……! 嘘、嘘ですわ……!」


 ぶつぶつと独り言を言い、涙を目一杯に貯めながらアイリスは部屋から飛び出していった。アイリスを追い、侍女達も慌てて部屋から出ていく。広い室内にはリーシャとオスカー、二人だけが残された。


「嵐のような方でしたね」


 リーシャの呆れたような声にオスカーは「申し訳ない」と頭を下げた。


「不快な思いをさせてしまったな」

「いえ。叔母の子、という事はオスカーの従妹……ですか?」

「ああ。以前俺がこの国に来た時はまだほんの子供だったから分からなかったよ。そんなに長く相手をした記憶は無いんだが、一体どうしてこう、懐かれたのか……」

「子供の頃に出会った年上の男性に憧れる。ありがちな話でしょう」


 所謂「初恋の相手」と言うやつだ。小さい頃に憧れた相手に再会できたと思ったら知らない女性、しかも「奥様」を伴っていた。ショックを受けるのも当然だ。


「と言うより、先ほどから思っていたのですが、私いつの間にオスカーと結婚したのでしょう。この城に来てからずっと『奥様』として扱われている気がするのですが」

「……」


 丁度良いタイミングなので薄々感じていた疑問をオスカーにぶつける。


「恐らく、何か行き違いがあるのだろう」


 長い沈黙の後にオスカーは絞り出すように言った。


「母上の仕業……のような気がする」

「私もそんな気がします」


 ここへ来る前にローザにはヴィクトール・ウィナーの件と併せてフロリア公国へ立ち寄るので連絡を取って欲しい旨を伝えた。実家と連絡を取ったローザがリーシャとオスカーのことをどのように伝えたのかは定かではないが、何か「行き違い」が起きるような事を書いたのではないか。二人はそう疑っていた。


「何はともあれ、私達の関係がどういう風に伝わっているか分からないので様子を見ましょう。間違いがあれば修正すれば済む話です」

「……そうだな」


 大公一家との謁見は夕飯を兼ねて行われることになっている。相手はオスカーの親族であり、オスカーの母であるローザの家族だ。誤解を解くのは容易いだろう。リーシャはそう信じて疑わなかった。

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