思わぬ再会

 大きなダイニングテーブルを大公一家と共に囲む。夕飯を共にするのは大公、大公妃、そしてその娘たちだ。テーブルの中央には花が生けられ、食事もハーブや薬草を中心とした薬膳料理が中心だった。


「我が国は生花や薬草栽培が主な産業で、郷土料理もそれに則した物なのですよ」


 ローザの姉である大公妃は妹の華やかさとはまた違う、太陽のような人だ。ダイニングテーブルに並ぶ料理には彼女が温室で栽培しているハーブも使われているらしい。


「嬉しいわ。オスカーがこんなに可愛らしいお嬢さんを連れて来てくれるなんて」


(完全に誤解している……)


 にこやかに笑う大公妃を見てリーシャとオスカーは顔を見合わせた。食卓を囲む顔ぶれの中には先刻部屋を飛び出していったアイリスの姿も見える。泣き腫らしたような真っ赤な目をして時折リーシャの顔を睨んでは俯いての繰り返しだ。


「料理はお口に合ったかしら」


 あまり食が進んでいないリーシャを見て大公妃が不安そうに声を掛ける。


「はい。とても美味しく頂いております。特にこのハーブを練り込んだ腸詰、今まで食べた腸詰の中でも一番美味しいです」


 決してお世辞を言っている訳ではない。ただ臭みを消すためだけに香辛料を混ぜ込んだ腸詰は幾度となく口にしてきたが、それとは明らかに異なる上質な肉とそれに合う風味の香辛料を使った腸詰だ。しつこい肉の脂が気にならないさっぱりとした味わいが癖になる。


「それは良かった。リーシャさんは食べ方も綺麗ね。ご出身は……」

「東方にある国です。祖母が礼儀作法に厳しい人で」


 幼い頃はあまりの厳しさに根を上げそうになっていたが、宝石修復師として仕事をするようになってからは指導の有難みが身に染みている。


「そう。良いおばあ様だったのね」

「はい。自慢の祖母でした」

「その素敵なおばあ様の遺品を探していると聞いたけれど」

「ええ。祖母が集めた貴重な鉱石や宝石を盗まれてしまいまして、それを探す旅をしているのです。オスカーと出会ったのもその旅の途中で……」

義妹ローザから聞いたよ。まだ見つかっていない物も沢山あるとか」


 横で聞いていた大公が口を開いた。


「うちはあまり宝飾品を集めない家だけど、髪飾りに使う石を沢山買い集めているんだ。貴重な物があるかは分からないけれど、後で見て見ると良い」

「ありがとうございます」


 大公妃は太陽のような人だが、大公もまたおおらかそうな人柄をしている。そんな両親に育てられたのだ。


(きっと蝶よ花よと育ってきたに違いない)


 明らかに不満そうな顔をしているアイリスを横目にリーシャは内心大きくため息を吐いた。



 夕食後、大公妃はリーシャを石の保管庫へ招いた。保管庫の中には宝石から鉱物まで様々な原石が保管されている。


「私達に『髪飾り』を贈る風習があるのはローザから聞いてるかしら」

「いえ。ただ、以前オスカーからそのようなことを聞きました」

「そう。この国には娘が成人すると、母親の紋に使われている『花』を象った髪飾りを贈る風習があるのよ。その際に使う素材は花の色や形を見て決めるから、昔からこうして色々な原石を集めているの」

「なるほど。素晴らしい蒐集物コレクションばかりですね。これらを今集めようとすると難しいでしょう」

「そうね。ほとんどは大昔に先祖が集めて来た物ばかり。新しく入って来るものはほとんど無いわ。それでも大丈夫?」

「はい。拝見します」


 保管庫の中にある原石を一つずつ見て回る。


(どれも今は採れない大きい石ばかりだ)


 様々な蒐集物を見ているリーシャでも中々お目にかかれない大きな原石に思わず魅入ってしまう。中には髪飾りにするために削り出したのか一部を割った石や端材などもあり、古くから髪飾り作りが行われているのが良く分かる。


「城下町でも石を使った髪飾りを作っているんですか?」

「石が広く流通していた時代は石を使っていた人も居たみたい。でも今は木を加工したり花飾りを作って代用している人がほとんどよ」


 そういえば、城下町の建物の入口に花で作られた飾り物が提げてあるのを見た。そうした細工物が発達した地域なのだろう。


「どう? おばあ様の蒐集物はあった?」

「……今の所見当たりませんね」


 もっと奥の方を見ようとランタンを翳す。するとチカリと何かが反射した。


「あれは?」

「確か、二十年以上前に入って来た石かしら。出入りの商人が持ってきた珍しい石でよく覚えているわ」


 光が見えた方へ歩み寄り、棚をランタンで照らす。薄紫色の大きな塊が闇の中から現れた。


「クンツァイトですね」


 リーシャはその石に見覚えがあった。祖母の蒐集物が納められた棚の一番下、リーシャがまだ小さい頃に背伸びをしてようやく見えたその場所にあった石。

 まるで飴を煮溶かして固めたような、すみれ色の石柱が静かに佇んでいる。宝石質の良い石だったのでとっくに加工されている物だと思っていたが、まさか当時の姿そのままで残っているとは。

 それがなんとも嬉しくて、まるで古い友人に再会したような、そんな不思議な気持ちになった。


「もしかして、おばあ様の?」

「はい。間違いありません」


 蒐集物リストと照らし合わせて確認をする。大きさ、傷の位置、内包物の有無。どれを見ても祖母の遺品であるに違いは無さそうだ。


「私が幼い頃に良く眺めていた石でした。まさかここで出会えるなんて」


 懐かしそうに石を撫で、大きな損傷が無い事を確認する。


「良かったらお持ちになって」


 大公妃は嬉しそうに石を撫でるリーシャにそう言ったが、リーシャは首を横に振った。


「いいえ。大丈夫です。こんなに大切に扱って頂いていますし、蒐集棚に居るよりも将来誰かの髪飾りとして加工された方がこの子も幸せでしょう」

「本当に良いの? 大切な石なのでしょう」

「……はい。大切だからこそ、今大切にされているならばそれで良いのです」


 悪用されている訳でもなく、渡った先で役目を与えられている。それならばそれを全うさせるのが石の為だろう。現在の持ち主に大事にされているならばそれを取り上げる必要はない。そこが蒐集物の居場所なのだというのがリーシャの考えだった。

 大公妃は何か思う所があるようだが、リーシャの考えを尊重して口にするのをやめた。リーシャが「それで良い」と言っているのだ。余計な口出しは無用だ。


「分かりました。リーシャさんがそうおっしゃるのならそうしましょう。ただ、気が変わったらいつでも声を掛けてね。どうか後悔だけはしないように」

「ありがとうございます」


 大公妃の心遣いに礼を言い自室へ戻る。部屋は真っ暗でよく見えないが、寝台の方向から健やかな寝息が聞こえる。夜遅くなった為か、オスカーは既に寝ているようだった。


(まさかオスカーの叔母様の手元にあるなんて。これも何かの縁か)


 クンツァイトがいつ加工されるのかは分からない。これからずっと先、リーシャが天寿を全うした後の事かもしれない。それでももし叶うならそれを一目で良いから完成した髪飾りを見てみたい。


(あのクンツァイトもこんな風に素敵な髪飾りになるのかな)


 月明りの下で収納鞄から取り出した珊瑚の髪飾りを眺める。質が良い原石だ。腕の良い職人の手にかかればきっと素晴らしい髪飾りになる。


(贈られる娘は幸運だ)


 オスカーが眠る寝台の横に収納鞄から出した寝袋を広げて横になる。久方ぶりの再会に思いを馳せながらリーシャは夢の中へと落ちていった。

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