花の国

馬車に揺られながら

「『偉大なる帝国』、『冠の国』へ侵攻!」


 そんな見出しが新聞の一面を飾ったのは昨日の朝の事だった。そして「『冠の国』、降伏宣言」という文言が紙面に載ったのはその晩の事である。


「一日にして国を落とすとは強運皇帝もやりますね」


 号外として配られていた新聞を片手にリーシャは呟く。いざ侵攻が始まってしまえばこうなるとは思っていた。内部まで帝国の手が回っていた「冠の国」は遅かれ早かれこうなる運命だったのだろう。


「予め降伏することが決まっていたのかもしれないな」


 横から新聞を眺めていたオスカーが口を挿む。


「内内で話し合いがあったと?」

「話し合わずとも、既に冠の国は帝国の勢力下にあったような物だろう。今更そんな相手と争おうなどとは思うまい」

「それもそうですね」


 「冠の国」国内で堂々と「偉大なる帝国」の公営企業が営業していた事や飛行場へ手を回してリーシャ達を帝国へ連れ去った事などを考えると、既に「冠の国」は皇帝ヴィクトールの掌の上にあったも同然だ。


(『冠の国』は最早帝国無しでは生きられない)


 鉱山が廃れた今、国を支えている飛行船産業の最も大きな輸出先は「偉大なる帝国」だ。国内造船もその帝国に浸食されつつあるとなると、こうならずとも「冠の国」の行く末は「偉大なる帝国」に委ねているようなものだったのかもしれない。


「それにしても、この写真良く撮れていますね」


 見出しと共に大きく掲載されているのは「冠の国」の中心部、議事堂上空に飛来する飛行船団の写真である。大型の硬式飛行船が豪奢な建物の上に浮いている様はなんとも「画」になる。


「この豪華な議事堂も鉱山で潤っていた時期に作った物なのでしょうね」


 古い建物ながらも立派な装飾がなされた石造りの議事堂だ。上層部は街並みを借金をしてでも良く見せる……つまりは「見栄を張っている」と噂されているが、このような鉱山最盛期時代の建築物を見ていると過去の栄光に縋りたくなるような気持ちも理解は出来るとリーシャは思った。


「このような『画』が撮れるのだ。『冠の国』にはまともな防空機能が残っていなかったのだろうな」

「と言うより、元々防空機能そのものが無かったのかもしれませんよ」

「そんなことが有り得るのか? あの山の険しさだ。首都へ侵入するには飛行船が必要だろう。となると、空を守るための術を持っていて然るべきだと思うが」

「だって、飛行船レースの時にそれらしき施設が見当たらなかったでしょう?」

「……確かに。言われてみれば……そうだな」


 リーシャの言葉に過去の記憶が蘇る。あの時は下に見える美しい景色に気を取られていたが、思い返すと確かにそれらしき施設は見当たらなかった。目にした人工物と言えばちらほらと点在する開拓村くらいで防衛施設のような物を見た記憶がない。


(信じられん。だとしたらあまりにも無防備すぎる)


「あの立地上、今まで他国に攻められたことが無かったのでしょう。飛行船が開発される前はそれこそ徒歩で山を越えるしか無かったでしょうし、いくら鉱山があるからと言ってあんなに険しい山を開拓するのは骨が折れます。鉱山の産出量が多かった時代は他の土地でも石が採れたでしょうから、わざわざこんな難解な土地を手に入れる必要もないですし」

「なるほど。だからこそ『侵略されない』という絶対的な自信があったということか?」

「分かりません。ただ、上層部自らが『ウィナー公船会社』を招き入れているのを見ると元々そういう意識が低い国なのではないかと思ったのです」

「それは言えているな。主力産業に他国の公営企業を招き入れるなどうちの国ではあり得ない」


 溜息をつくオスカーを見てリーシャは苦笑いをする。


「まぁ、無血開城したようですし『冠の国』にとっても悪くはない話だったのではないでしょうか。国民にとってはたまったものでは無いかもしれませんが」

「身売りしたような物だからな」

「ええ。でも、皇帝陛下は一体『冠の国』のどこを気に入ったのでしょう。あの国の事ですから『偉大なる帝国』以外にも借金をしていそうですし、正直不良債権だと思うんですよね」


 廃れた鉱山に幾らあるか分からない借金、そして腐った上層部。山に囲まれ、開拓しなければ土地も無い。使えそうな物と言えば飛行船産業くらいで、むしろ手に余る物ばかりのように感じられる。だが、恐らく皇帝ヴィクトールにはそれを抱え込んでも良いと思える何かがあったのだ。


(彼には一体何が見えているんだか)


 不思議だ。侵攻してまでその土地を欲する理由が分からない。


「ただ単に飛行船事業が欲しかっただけなのではないか?」

「それだったらウィナー公船会社で事足りているでしょう。何かもっと、別の物がある気がして」

「別の物?」

「勘ですけど」


 リーシャの勘は当たる。大空を舞う無数の飛行船の写真を眺めながらオスカーは皇帝の意思を測りかねていた。


「オスカー様、もうすぐ到着しますよ」


 二人は御者の声で我に返る。そう、今はとある城へ向かう馬車の中だったのだ。


「あれがフローレンス城……」


 窓から外を見ると大通りの先に真っ白な巨城が見える。


「あそこが王妃様のご実家ですか?」

「ああ。母上が生まれた城だ。俺もここへ来るのは二度目だったか。昔とさほど変わっていないようで安心したよ」


 その巨城こそ、オスカーの母であるローザの生まれ故郷、フロリア公国のフローレンス城だった。

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